ねぇ、ラップってどうやるの?
10代半ばにしてラップで成功する女の子は、東京の港区や目黒区で生まれ育ち、音楽とファッションとカルチャーのド真ん中の大人たちにかわいがられ、一流のトラックメーカーや音楽プロデューサーが集結して上品かつセンスのいいミニアルバムを出し(15歳くらいの少女がばっちり歌うラップは本当にいいものだ)、リードトラックが全国ネットの番組主題歌となり、やがて田舎に暮らす私の耳にも届く。みたいなイメージだった。2000年代あたりまでは。
だが令和は違う。スマホやPCがあれば過去から現在までの結構な量の音楽を聴けてしまうし、音だけじゃなくムービーや画像もわんさか手に入る。
だからこんな少女も当然現れるのだ。
“伊藤ミモザ”が自室で聴いているのは“エモネム”なる一流ラッパー。多分、半私小説風のリリックを高速ラップで歌い上げてグラミー賞とか獲って主演映画もありそう。
さて、エモネムのラップを自室でドゥクドゥク聴き、彼のウィキペディアやゴシップ記事をありったけ検索したであろうミモザは何を志すか。
ラッパーになって億万長者になる!! そう、ミモザはお金が大好き。
ここで残念なのは、ミモザはお金が大好きだがお金の側は別にミモザを好きでもなさそうで、ミモザはとてもビンボーであるという点だ。高校1年生のミモザは小学6年生の妹“テレサ”に借金をし、お母さんにおこづかいの前借りをせがみ(断られる)、しまいにはこんなことまでする。
どろんこになりながら500円玉を拾い「エモネムって人も最初はこうやって少しずつ稼いでいたのかな」なんて考えている。ちょっとしたドブネズミのようだ。
そんなお金大好き人間のミモザがお金欲しさにラッパーを志す。彼女はある意味において、わりと的確にラッパーの姿をつかんでいる気がする。
ラッパーは、貧しさも社会構造もマイクひとつで乗り越えて世界に殴り込みをかけてギラギラ成り上がるイメージがあるからだ。あと金のゴツいネックレスをつけると「今日の私、なんかチェケラッチョみたいだな」と思ってしまう。エアジョーダンと金銀財宝を平気で着こなすミュージシャンなんて、ラッパーくらいじゃなかろうか。
やがてラッパー(億万長者)になりたいミモザにチャンスが到来する。
学校で「ラップグループ」? こうしてラップをやりたい女子高生たちの日常4コマ『ばっちりスクラッチ』の幕が上がる。志が高いのか低いのか全くわからなくてズッコケそうになるが、ものすごく親近感がわく。作者はナゾの俊英ぷなつ先生。ぷなつ先生って何者? 半濁点が気になる!
受けて立つぜこのビーフ!
ラップグループ募集の張り紙を片手に、ラップグループのメンバーが集まる教室に行ってみるミモザ。重低音で教室の窓がズンドコしているのかと思いきや、教室は和気あいあい。グミとか食べてる!
「私もラッパーになりたい」と言えないミモザ。ミモザは超がつくほどの引っ込み思案で、コミュニケーションに難がある陰キャなのだ。
すったもんだの4コマを繰り広げ、やっとラップグループに参加することになったミモザ。ちなみにメンバーはミモザを入れて4名で、ラップに関しては全員がニワカ! つまり完全なる未経験者! エモネムは聴いているし、「ビーフ」なんて俗語も知っているけれど、それとラップで歌えるかは別の話。ちなみに「ビーフ(beef)」はラッパー同士の抗争というかラップ合戦で、「ディス」は相手を歌詞でチョロッとけなすこと。
そんなニワカな彼女たちが放課後のファミレスでダラダラ考えるラップがかわいい。
「ラップって、言葉がすごくてリズムがすごくて、韻を踏んでて……」という極細フワフワなヒントを頼りに韻を考えてみるJK4名。
すごい。油断するとおやじギャグと同レベルになってしまう「韻」が、ちゃんとラップっぽく立ち上がっている。
さらに強力な助っ人も現れる。
国語教師“野上雛”は、またの名を“MC雛鳥”というらしい。ラッパー成功物語あるあるの「大先輩に見いだされ、かわいがられる」を体現しているじゃないか。
さてミモザたちはどんなJKラッパーになっていくのだろう。私が一番クスッとなったのはここ。
かわいいなあ。ひたすらユルくてリアル。億万長者の第一歩は布団の中。
ところでラップは陰キャも陽キャも等しく扱う音楽ジャンルだと思う。そしてラップの名曲の多くは歌詞が絶望的に暗い。ひょっとして名リリックは陰キャにしか書けないのかも。
*
(レビュアー:花森リド)
- ばっちりスクラッチ 1
- 著者:ぷなつ
- 発売日:2024年11月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065372234
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年12月9日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。