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【第2回】話の展開は予想不可能。第1話から衝撃が走る『往生際の意味を知れ!』の世界

中山夏美

山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。


アウトドアやエンタメなどでライターをしている中山です。漫画と共に四半世紀を過ごし、酸いも甘いも漫画に教えてもらった私が好き勝手に漫画を紹介する連載。前回は「『チェンソーマン』」を紹介いたしました。

第2回は、米代恭先生の『往生際の意味を知れ!』(小学館)です。

 

『往生際の意味を知れ!』 米代恭

あらすじ
主人公・市松海路は、大学時代の元カノ・日下部日和のことを忘れられないでいた。彼女は7年前に失踪し、行方知れず。美化されまくっている日和に依存し、もはや元カノ教の敬虔な信徒状態。そんな市松の前に突然、日和が現れる。その彼女は市松に「私の出産記録を撮って欲しいの。だから市松くんの精子が欲しい」と無理難題を要求。どう考えても断りたい案件にもかかわらず、元カノ教の市松が断れるはずがない。市松はこの境地をどう乗り越えていくのか。元カノ・元カレが忘れられない人に贈る“やり直し”のラブストーリー。

 

恋愛漫画と侮るなかれ。毎話度肝を抜かれること間違いなし

『往生際の意味を知れ!』は、2020年に『週間ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載がスタートし、現在も連載中。コミックは7巻まで発売しています。3月からテレビドラマ化(毎日放送・TBS)もされている話題の漫画です。

米代先生といえば、前作の『あげくの果てのカノン』(小学館)も人気作。SFで不倫ものという、ちょっと異次元すぎるテーマを描いていて、一筋縄ではいかない漫画家であると思っています。今作も「元カノを引きずった主人公」というだけではない衝撃展開の連続。1話を読んだだけで「出てくるキャラ全員ぶっとんでるな」と思うはずです。

コミック6巻からの舞台は、山形(なぜ山形なのかは、ぜひコミックで!)。米代先生は実際に山形を訪れて取材されています(僭越ながらアテンドさせていただきました)。もしかしたら山形県民が知っている場所も出てくるかも? しれません。では早速、その魅力に迫っていきます。

〈魅力1〉主人公・市松海路の思考も行動もキモいけど共感しちゃう

第1話の冒頭、合コンに行った市松が女性陣に放った言葉が「元カノと結婚したい」です。例えば仮に別れた直後なら、あり得るかもしれませんが(それでも合コンの発言としては最悪)、市松が元カノ・日下部日和と付き合っていたのは7年も前。ここから市松のちょっとヤバいなって行動が続きます。

市松と日和の出会いは、大学時代。映画を作っていた市松がたまたま訪れたパーティーでした。『星の三姉妹』という大人気エッセイ漫画のモデルで、作者である日下部由紀は日和の母親。その日和が踊っている姿を見て、一目惚れしたのです。被写体としての魅力を感じ、日和に映画を撮らせてほしいとお願いします。感情を込めまくった超大作が完成。そして告白した市松。付き合い始めますが、彼女はその1か月後に失踪します。

ここから市松の“元カノ依存”が始まりました。市松が制作した映画「降伏」を毎日大スクリーンに映し出し、そこに映る日和に話しかける日々。日和にもらった時計を身に着け、「いつか戻ってくるかもしれない」と7年前と同じアパートに住み続けています。自分の中で美化されまくった元カノに囚われすぎ。執着しすぎ。いくらなんでも、気持ち悪いですよね(笑)。

「ないわ~」と思いながら、なんとなくザワザワする気持ちありませんか? 市松のことを気持ち悪いと思うのに、ちょっと自分を振り返ってしまいませんか? 「あのとき、本当は別れるべきじゃなかったよね?」とか「もしもう一度出会えたら、やり直せるかもしれない」って思ったことがある人いますよね? 市松の執着、引くわ! と思うのに共感してしまう自分もいる。一度そう思ったら、市松と共に日和に惑わされながら漫画を読み進めるしかありません。「元カノとのやり直し」どうにか実らせたい、そう願いながら読んでしまうのです。

〈魅力2〉市松を翻弄し続ける日和が魔性すぎる

自分のことを引きずっていると知りながら市松に近づく日和。彼女はどうすれば、市松が自分の言うことを聞いてくれるか、すべてがわかっています。まさに手のひらで転がすとはこのこと。市松はうまい具合に、日和に踊らされていきます。圧倒的かわいさを持っているだけじゃない。「市松くん以外にはいないんだよね」、「市松くんより信頼している人なんていないんだけど」と7年ぶりに会って、こんなことを元カノが言ったら完全に勘違いしますよね(引きずった過去がある方、思い出してみてくださいよ)?

米代先生は女性の作家ですが、男性目線のエロを描くのもうまいと思います。バストショットからうるうる目の日和の顔にクローズアップしてみたり、弱っている日和がお粥をこぼしながら食べてみたり。同性の私が見てもゾクゾクします。こういう場面に打ちのめされている市松を見て「市松、めっちゃ俺じゃん」って思う人、多いんじゃないでしょうか。

完全に日和にコントロールされているように見えますが、市松が「俺がいないとダメな人間になって欲しい」と、実は手綱を握っているのは自分だ! と思っているのもおもしろいところ。好きな相手のルールに“合わせてやっている俺”に酔っているんですね。その曲がった感情も、なんとなく共感しちゃいます。

〈魅力3〉壮大な復讐劇から目が離せない

これまで“恋愛”に特化して話してきましたが、実はこの作品の肝は日和の母親に対する復讐です。最初に話した通り、日和は大人気エッセイ漫画『星の三姉妹』に出てくる長女。「実話」と謳って描かれている漫画ですが、その暮らしはすべてウソだったのです。漫画には母親の過剰な演出がある。それを暴き、人生を狂わせた母親を地獄に落とす。それが日和の願い。市松に「出産の記録を撮って欲しい」とお願いした理由だったのです。

この展開を予想できたでしょうか。だって初めは気持ち悪いぐらい過去の恋を引きずった男が元カノとよりを戻すために奮闘する話だったはず。その裏にこんな復讐劇があったなんて。ベタベタな恋愛漫画を想定していたのに(とはいえ冒頭から「精子くれ」なんていうラブストーリーはないけど)、話が進むほどに想像だにしない事実が明らかになっていきます。

母親は本当に悪人なのか、何が嘘で、何が真実なのか。まだまだストーリーの展開は読めません。多分、私が考えもしてない最終話があるだろうと思っています(そういえば、『あげくの果てのカノン』の最終話も度肝を抜かれました)。

復讐劇の合間にある市松と日和の心の変化も見逃せません。悪女のような日和だけど、実はものすごくピュアで、市松を心の奥底では愛しているのかもしれない。そんな風に私は思っています。

果たして、市松と日和は“やり直し”ができるのか!?

市松と日和のことをメインに書きましたが、2人以外にも“ぶっとびキャラ”は、たくさん登場します。何より、日和の母親・由紀のラスボス感は半端ないです。誰が善人で、誰が裏切るのか、それもまだまだわからない。なんでこんなに米代先生は、人間の裏と表を巧みに描けるのでしょうか!

忘れられない恋がある人。中途半端な恋愛漫画には飽きている人。ぜひ、読んでみてください!


※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年4月2日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。