島は誕生と消滅を繰り返す
これだけ地震が多い国で暮らしているというのに「陸地とは、不変の、どっしり構えているもの」と私は勘違いしがちだ。だから桜島から煙がもうもうと上がっているのを、初めてこの目で見たときは仰天した。ホカホカじゃないか!と。映像で眺めるのと実際に対面するのとでは大違い。生きていると感じた。そして生きているなら、変わるのだろう。
近年、ホカホカと活発に動き、地図すら変えた成長著しい島がある。小笠原諸島の西之島だ。ブルーバックス『島はどうしてできるのか』で大きく取り上げられるこの若き火山島の成長プロセスを、著者で火山学の専門家である前野深先生は「私たちが生きている間に再び目撃できるかどうかもわからないほど」と言う。西之島がまれな存在である理由を、前野先生はこう説明する。
火山噴火が新たな島を生み出すという現象は、じつは日本近海でたびたび起きている。約半世紀前の1973年に同じ西之島のほぼ同じ場所で島が誕生し、注目を集めた。この島は2013年以降の噴火で新しい溶岩に飲み込まれてしまったが、それまでは「新島誕生」を象徴する存在だった。(中略)
2021年8月には西之島よりさらに南にある福徳岡ノ場で大規模な噴火が発生し、奇しくも新島が誕生したが、この島は残念ながら4ヵ月ほどのうちに海面上から姿を消してしまった。(中略)
できたばかりの島は大きく成長する前に海蝕(かいしょく)により短期間のうちに消滅してしまうこともある。(中略)
全ての新島が「島」として残れるわけではなく、波に打ち克てるだけの強固な基盤を火山噴火によってつくることができるかどうかが、「島」として存続できるかどうかを決めている。(中略)
西之島では近年の噴火により大量の溶岩を流出し堅牢な島を創り上げた。
島は想像以上に出たり引っ込んだりを繰り返している。そんななか、西之島や世界各地の島が生き残っている理由を、本書はさまざまな角度から紹介する。さらに島が生まれて消えるときに想定される津波や軽石による災害の仕組みについても解説されている。
そして前野先生が各島を実際に訪れ調査する話がとても面白い。試しに「西之島 行き方」で検索してみてほしい。まったく方法が示されないのだが、前野先生は何度も調査に向かい、上陸だって果たしている。離島火山の調査の難しさとともに前野先生の高揚感が伝わってくる楽しい本だ。まるで冒険記のようでもある。
泳いで上陸するトマト禁止の島
2013年に新島が誕生してから3年、前野先生は西之島の上陸調査に参加する。調査隊は火山研究者と鳥類研究者、環境省の職員で構成されていた。西之島の科学的価値がわかる人選だ。ということで島の生態系を崩さないために、調査では細心の注意が払われた。
調査用具は観測装置、衣類も含め全てクリーンな状態で上陸することが求められる。島に持ち込む物については、事前にクリーンルームを作り、そこで環境省による検疫を受け、パッキングを行い、上陸するまでは一切開封しないという手続きを踏む。
当然、人間もクリーンな必要があるが、こちらについては泳ぐことによって海に洗浄してもらい上陸するというやや原始的な方法(ウェットランディング)をとる。(中略)
調査隊は事前にウェットランディングのための水泳訓練を積み、フィンが外れても慌てずに泳ぐ方法も習得する。
本書では緊張の上陸の様子が詳細に語られている。さらにこの荒々しくも静かな新島がどんな場所であったかの描写がとても美しい。なんてロマンと冒険にあふれた本なんだろうかと大興奮したので、そこはぜひ手に取って読んでいただきたいが、次の「事前準備」については紹介させてほしい。
生態系分野にとっての天敵は外来種で、貴重な原初生態系に外来種が混入することを最も恐れている。植物の種も例外ではない。島内に排泄物を残してはいけないし、島外で用を足すにしても、島の近傍であれば耐性が強い種子の類いは島に漂着して攪乱の原因になり得るということで、調査隊メンバーは1週間前からトマトなど種が目立つものを食べないようにしていた。ちなみに、著者は念のためトマトだけでなくキウイやオクラも避けていた。このような準備は生態系分野では常識なのかもしれないが、火山研究者にとっては馴染みがなく、新しい文化に触れるようなものだ。
パッションフルーツもダメだろうなあ……。これから先トマトやオクラをスーパーで見かけるたびに西之島のことを思い出しそうだ。
本書では西之島に加え、インドネシアのクラカタウ諸島、グアム付近のアナタハン島、エーゲ海のサントリーニ島、カリブ海のモンセラート島の調査についても語られる。旅の本としても楽しい。
粘り気の少ないマグマ
西之島が島となりえた理由についても触れたい。西之島は安山岩と呼ばれる溶岩(マグマ)を噴出しているというが、ちょっと特別なマグマなのだという。
しかし含まれる鉱物を調べると、この安山岩マグマの噴出温度は1050~1100℃程度と一般的に見積もられる安山岩の温度(900~1000℃前後)よりもやや高く、マグマに含まれる斑晶(マグマ溜まりで成長した鉱物)の量が数%と、とても少ないことがわかった(多くの事例では数十%に達する)。このように温度が高く結晶度が低いという特徴はマグマの粘性(粘り気)を低めることになる。
マグマの粘性は火山噴火の様式や噴出物の特徴に大きく影響する(第5章)。粘性が低いとマグマ中に含まれるガス成分が抜けやすく、爆発を駆動する圧力(マグマ中の過剰圧)が溜まりにくくなる。そのため噴火様式としては穏やかになりやすい。
粘り気の少ないマグマを穏やかに噴出する噴火様式が、西之島を堅牢な島に育て上げたと前野先生は説明する。火山活動を知ることで島の成り立ちがわかるのだ。なお溶岩の特徴やマグマの粘性については次のような説明を読むとイメージしやすいはずだ。
溶岩流は地表を流れる際に、その物性(粘性、降伏応力など)に依存した挙動をとる。最も重要な性質の一つは物質の動きやすさの指標となる粘性(単位:Pa・s[パスカル秒])だ。玄武岩と安山岩、1200℃の溶融状態でそれぞれ10~100 Pa・s、1000~1万Pa・s程度で、身近なものに例えると、この粘性の玄武岩はケチャップや蜂蜜、安山岩はピーナッツバターといったところだ。
そして西之島の面白いところは、わずか数年の間に状態を次々と変えていくところだ。2020年7月に西之島の火山灰を化学分析すると、こんな結果になった。
西之島は安山岩を噴出し続けている島として以前から注目されていた。しかし2020年6月以降に噴出した火山灰は、SiO2含有量で約4重量%減少する一方、MgO(酸化マグネシウム)含有量は1.5重量%も増加し、玄武岩質安山岩に変わっていたのだ。わずかな組成変化にみえるがこの違いは大きい。
さらに前野先生は2019年9月以来の西之島訪問となった2020年12月に驚くべき光景に出合う。「ちょこんとプリンが載っているような可愛らしい形の山体」が「威厳を感じさせる大きな山体」に変わっていたのだ。
これだけで「はい、西之島はすっかり変わりました!」と言い切れないのが、科学の面白いところだ。ドローンを駆使し、サンプルを採取・解析し、西之島から噴出するマグマが変化していることを突き止めていく。それは西之島が新たな成長期に入ったことを示す証拠でもあった。ということで、話題に事欠かない島だ。どうかこのまま島として元気に残ってほしい。じつは最近、鉱物オタクの知人が「西之島ってカンラン石があるんだよ!」とうれしそうに教えてくれたが、本書のおかげでその背景や、なぜ彼が興奮していたのかがわかった。
ちなみに西之島の「全体像」を知ると、海底そのもののダイナミックさが伝わってくる。
海水を全て取り去ってしまえば、西之島の近年の噴火は富士山の山頂火口から溶岩が流れ出て、わずかに標高を増したようなものだ。
恐れ入りました。地球の大半は海だから、次なる西之島だって当然控えているのだろう(生きている間に会えるかどうかは別として)。
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(レビュアー:花森リド)
- 島はどうしてできるのか 火山噴火と、島の誕生から消滅まで
- 著者:前野深
- 発売日:2024年07月
- 発行所:講談社
- 価格:1,320円(税込)
- ISBNコード:9784065365649
※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2024年8月20日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。