もし、父親を殺した男の息子と結婚しなければならないとしたら、どうしますか?
『海神(わだつみ)の娘』は、過酷な運命を背負いながらも耐え抜き、しなやかに生きる主人公の可憐で真っすぐな生きざまが心を打ちます。
島の三大勢力の一つ、桑孤家(そうこけ)の娘として生まれた藍(らん)。
父親が逆賊の濡れ衣を着せられ処刑されると、身分を奴婢(ぬひ)に落とされ、こき使われる毎日を送っていました。
そんな藍のもとへ「海神の娘」に選ばれたので、海神の島で暮らすよう使者から言われます。
海神の島に集められた娘たちと平穏な日常を取り戻した藍ですが、大人になったある日、海神から託宣(たくせん)がもたらされます。
昔の女性は、政(まつりごと)のために見知らぬ人と結婚させられることもあり、辛かっただろうなと思うのですが、藍の場合は辛いうえに残酷です。
父親を殺した残忍な男の息子に嫁げというのですから。
満月の夜、小舟に乗って浜辺に上陸し、ひと言も発せず、布で顔を隠したまま抱きかかえられて寝所に向かう儀式が、なんとも幻想的で美しい!
しかし、啓(けい)が藍の頭から布を外すと……
無実であるにもかかわらず、一生消えない罪人の印を顔に彫られるなんて、私だったら耐えられないし、相手を許すこともできないでしょう。
ずっと恨みつづけ、どうすれば敵討ちができるか考えると思うのです。
しかも、そのチャンスがやってきたのです。今の藍は「海神の娘」。藍が発する言葉は神から託された言葉として、神罰を下すこともできるのです!!
そんなドロドロの展開を勝手に想像していたのですが(笑)、いい意味で裏切ってくれました!!
啓は人間味あふれる優しい人で、藍に蘭(らん)という名前を授けます。同じ響きでも、気高さを感じる蘭の方が「そなたにふさわしい」と。
確かに。邪悪な想像をした自分が恥ずかしくなるほど、蘭の心は清らかで「海神の娘」として、どう生きるべきかをわきまえているのです。
だからこそ、過酷な運命も覚悟を持って受け入れることができたのでしょう。
しかし、朝廷ではこんな噂が流れます。
領主のもとに嫁いできたのは、10年前に殺された桑孤家の娘だと。そばに置かずに遠ざけるべきだと、進言してきた重鎮もいました。
この島には三家(さんけ)の分家衆という三つの勢力があり、啓は領主でありながら彼らに強く出ることができません。
また啓には二人の兄がいて、託宣で領主になった弟をどう思っているのか。特に長兄は見せている顔が本心なのか偽りなのか、よくわからないのです。
さらに蘭の侍女は急に辞めてしまうし、呪詛も仕掛けられるし……。
ここからの展開は読んでいただくとして、このお話で際立つのは、望んだわけではない運命を受け入れて、お互いを思いやる蘭と啓の純愛だと思います。
こういう優しい感じ、長いこと忘れていたなと(笑)。
蘭のお話は1巻で完結しますが、海神の島に暮らす「海神の娘」たちのお話は、まだまだ続きます。
次はどんな運命を背負った娘が、どんな島に嫁いでゆくのか、楽しみに待ちたいと思います。
*
(レビュアー:黒田順子)
- 海神の娘 1
- 著者:白川紺子 さるマ
- 発売日:2024年07月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065360040
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年8月22日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。