31歳、同人グラビアで無双できるか
ギャップは人の目を惹く。美人とボロアパート、適当な部屋着とすごいカラダ、大人の女と制服……。
『平成敗残兵すみれちゃん』のヒロイン、すみれちゃんの持つギャップがたまらない。
172センチの長身、整った小さな顔に長い手足、艶のあるロングヘアは、ボロアパートに部屋着でいても、それが「あえてのギャップ?」と思うほどに魅力的。
こんないい女が昼間から、エアコンの壊れた6畳ボロアパートでダラダラ、ゴロゴロ……。
一緒にゴロゴロしているのはいとこの雄星だ。いとことはいえ、高校生男子が女性の部屋に入り浸っているのはなぜなのか。
それは、すみれちゃんと同人グラビアを始めたいから!
現在31歳のすみれちゃんは元アイドル。平成の芸能界に爪痕を残すことはできなかったけど、ポテンシャルは確かにあった。
今はSNS全盛の令和。キレイな写真はスマホでも撮れるし、知名度も、年齢ももはや関係ない。うまくすみれちゃんを活かせなかった奴らに、お前らバカだなって言ってやる!
雄星の意気込み通り、ファースト写真集は即完売。もしかして、テッペン取るのも意外に簡単……?
いやいや、この物語は、そんなありがちなサクセスストーリーには着地しない。
ヒロインなのに……
なぜサクサクとサクセスしないのか? それはすみれちゃんの振舞いによるところが大きい。
全身のどこを見ても難がなく、ヘアケアもボディケアも興味ないのにこのルックスを保てる「持ってる女」だが、酒、たばこ、パチンコをたしなむのはもちろん、油断すると家賃も滞納する。
勤務先のスナックでの稼ぎは、よくて月15万。それ以上に頑張ろうとは思わないし、唯一の憧れの大型バイクも、本気で買えるとは思っていなさそう。
すみれちゃんは無欲というか、夢や憧れへの遠慮があるように見える。気が強そうな見た目と口調にそぐわない、弱さがふいにこぼれ落ちる瞬間も魅力なのだけど。
そのギャップに満ちた魅力を引き出すのが雄星だ。
撮影やレタッチだけじゃない。ポーズ指導やヘアメイク指南、「売れてるように見せて」話題を呼ぶ印刷部数の見極め、間口を広げるための衣装選びやSNS運用……とにかく戦略的。高速でPDCAを回し、すみれちゃんが輝く方法を探す。
「いいグラビアには物語がある」と聞けば、すぐに撮影に取り入れる。
こうして撮れた写真が、たまらなく良い。もうすっごく良い。
コスプレ姿のすみれちゃんが、この写真集を手売りしたらさぞかし売れるだろう。なのに。
ここでもすみれちゃんのダメさが顔を出す。
普通そんなの忘れる? ここまで来たのにどうすんの……。
ところが、雄星の機転といろんなことが味方して、ブースは大盛況、長蛇の列ができていた。やっぱりすみれちゃんは「持ってる女」だ。
ヒロインとして、あるまじきモノも見られちゃったけど。
そんなすみれちゃんに目をつけたのは、光のない目をした美女「ファムファタ任三郎」。
芸能事務所社長兼コスプレイヤー、関わる男性をみな虜にする魔性の女だ。(ネットストーキングも得意だよ!)
スケールアップする「ダメ人間」
二人だけでもまずまずのスタートは切れたけど、マネジメント的なことを考えると、芸能事務所の力を借りられるのはありがたい。スタッフだって投入できるようになる。こんな機会があるからイベントで人目に触れるのは大切なのだ。
ファムファタだけじゃなく、早く世界がすみれちゃんを見つけるといい……と思うが、ここでも、そう簡単にことは進まない。
すみれちゃんが妙にしゃべるときはヤバいと思っている時だ。ファムファタとの合同写真集の撮影があるのに、衣装のためのサイズ測定を渋っている。
しかし、決めるところはビシッと決めるすみれちゃんである。
「ダメなところ」をいろいろ書いたけど、自分が表に出るとき、人が関わるときは、こうしてキッチリ仕上げてくるのがカッコいい。
すみれちゃんをはじめ、本作の登場人物にはそれぞれダメなところはあっても、ほんとうに「嫌なヤツ」は一人もいない。
そんなすみれちゃんと、数多の男を虜にしてやまないファムファタのコラボ写真集はものすごく売れた。すみれちゃんが歩くだけでも自然と周囲の視線を集める。今度こそ、世界に見つかってほしい!
ところが、それどころではない誘惑がすみれちゃんの目をくらませる。
目の前にはファムファタと折半する予定の300万円、憧れのバイクも300万円。
すみれちゃん、「イケてるとき」と「ダメなとき」のギャップが、話が進むにつれてどんどん大きくなっている気がするよ……。
どうか、スケールアップするなら「ダメ人間」じゃなく「グラドル」のほうでお願いします!
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(レビュアー:中野亜希)
- 平成敗残兵すみれちゃん 1
- 著者:里見U
- 発売日:2024年05月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065352151
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年8月5日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。