吉原イチの花魁(おいらん)が、実は男だった!!
あらすじを読んだとき、この手があったかぁと思いました。
王子様が出てくる異世界ものや、男性が妊娠するオメガバースを扱ったBLが多い中、江戸時代後期の吉原遊廓を舞台にした作品は珍しく、しかも『椿の花が落ちる頃』には妖艶な絡みのシーンもいっぱい出てきます!!
貧しい家に生まれた宗太(そうた)は、家族を食べさせるため「吉原の女郎にしてくれ!!」と、大見世(おおみせ)と呼ばれる吉原でも最高ランクの妓楼(きろう)に頼みこみます。
吉原というのは、江戸幕府公認の遊廓。借金のカタとして売られて来た子は、遊女見習いとして雑用をしながら、ある年齢になると水揚げ(客と初体験すること)をしなければなりません。
だから、女の子しか見習いになれないのですが、「年季が明けるまで男だとバレないようにすること」という条件で、宗太は花魁の雑用係である禿(かむろ)になります。
『鬼滅の刃』ですっかり有名になった遊郭ですが、遊女にも階級があり、花魁になれるのはほんの一握り。
しかし宗太は、翡翠(ひすい)のような美しい眼と歳にそぐわない色気を武器に、水揚げしないまま白椿(しろつばき)花魁を名乗り、吉原イチの花魁として世間の評判を集めます。
そんな白椿花魁を描きたいとやって来たのが、美人画絵師の雪川龍春(ゆきかわたつはる)。
この「顎クイ」は、高嶺の花である花魁だからこそ似合う仕草!!
そもそも当代きっての人気絵師のわりに、髪も着流しも乱れているうえに右目を包帯で隠し、どこか陰気な龍春。態度も横柄で、会った早々「描くのはやめだ」と言います。なぜなら……、
一発で見破るところは、さすが絵師。
しかし、男だと世間にバレたら吉原に居られなくなると思った白椿花魁は、口止めのためにお忍びで龍春を訪ね、ついに……。
17歳の実は“うぶ”な花魁と、29歳の訳あり絵師が、いつしか心を通わせて愛し合う。
もうこれだけでも絵になるのですが、根底に流れるのは本当の自分を取り戻すアイデンティティのお話でもあります。
女になり切るため男を封印していた白椿花魁が、龍春から“宗太”と呼ばれたことで自分を思い出したように、龍春にも“和(なごみ)”という本名がありました。
それは母親との辛い過去や、包帯を巻くようになった経緯を思い出させる名前でもあるのですが、そんな過去があるからこそ、なおさら惹かれ合うふたり。
それが吉原遊郭という陰と陽がある世界感と絶妙にマッチしています。
実は私、吉原遊郭のことが知りたくて江戸東京博物館に行き、花魁道中(馴染みの客を迎えるための練り歩き)が見たくて日光江戸村に行ったことがあります。
遊郭は、花魁に象徴される華やかさがありつつも、中には劣悪な環境で何人もの相手をさせられたり、食べるものにも苦労したり、借金を返せず一生を郭(くるわ)の中で終える遊女も多かったといいます。
そんな背景を知っているからこそ、エンディングに向けての話はより心に響きました。
さらに番外編は、2ページだけなのにキュンとする素敵なセリフが出てくるので、ぜひ読んで欲しいと思いました!!
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(レビュアー:黒田順子)
椿の花が落ちる頃
著者:占地
発売日:2023年3月
発行所:講談社
価格:825円(税込)
ISBN:9784065311042
※本記事は、講談社コミックプラスに2023年4月22日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。