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八百万の神々が遍満する御嶽山が舞台の連作短編集!|浅田次郎『完本 神坐す山の物語』

浅田次郎さん『完本 神巫す山の物語』

書き下ろしや単行本未収録作も加わり、あの山の物語が「完本」となって登場。シリーズが一冊にまとまったことで見えてきた家族の物語とは──。

浅田次郎氏のご母堂の実家は、奥多摩の御嶽山にある武蔵御嶽神社である。古来からの由緒あるその神社で代々神官を務めてきた家に、浅田氏は幼い頃から幾度も泊まりに行った。そこで伯母から聞いた不思議な昔語りや神社に伝わる話に脚色を加えたのが本書だ。

──と書くと「それもう読んだ」と思われるかもしれないが、ちょっとお待ちを。本書は2014年に出た短編集『神坐す山の物語』に、4篇を加えた「完全版」なのである。「赤い絆」と「お狐様の話」は別の短編集『あやしうらめしあなかなし』に収められていたもの、「山揺らぐ」は書き下ろし、「神上りましし諸人の話」は単行本未収録だったあとがき代わりの1編だ。

収録作の大半は幽霊譚、怪異譚である。大正時代を舞台に狐憑きや天狗が出てくる話もあれば、死ぬ前に「私」に会いにきた伯父の魂の話もある。個人的に最も好きなのは訓練中にはぐれた歩兵を探す部隊の話「兵隊宿」だ。怪談としての練度もさることながら、驚きに満ちた構成は上質なミステリのような読後感をもたらした。また、新たに書き下ろされた「山揺らぐ」は関東大震災で朝鮮民族に対するデマが流れたときの様子が描かれる。大きな震災を経た現代だからこそ加えられた1編だ。

そしてシリーズがまとまったこの完全版を読んで初めて、気付いたことがある。これは怪談集である前に家族を──脈々と続く親族を描いた物語なのだ、ということだ。

験力を持つ曽祖父。その血を受け継ぐ娘と凡人の婿。その間に生まれた息子や娘たち。そしてその子どもたち。皆それぞれの運命を従容と受け入れ、次の代に渡していく。受け継がれる、というテーマがここには明確に存在する。

作中、「私」は悟る。「生命は父母から授かったわけではなく、それこそ神代から連綿と繋がって、この肉体を生成しているのだ」──と。

曽祖父から「私」までの四代が登場する意味はそこにある。それは血縁だけに限らない。関東大震災を描いた「山揺らぐ」然り、伊勢湾台風の「天狗の嫁」然り。私たちはそこに、自分の体験した災害を重ねるだろう。同じ思いをした人が過去にもいた。その人たちの悲しみや喜びを受け継いで今があるのだとあらためて感じるだろう。

完本、として一冊にまとまった意味がすとんと腑に落ちた。これはまとめて読むべきだ。前作を読んだ方も、あらためて手に取っていただきたい。

完本 神坐す山の物語
著者:浅田次郎
発売日:2024年06月
発行所:双葉社
価格:2,200円(税込)
ISBNコード:9784575247466

双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて著者・浅田次郎さんの対談が公開されています。

著者・浅田次郎さんの対談記事はこちら

『小説推理』(双葉社)2024年8月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載