凶悪な半グレ集団の主要メンバーが、次々と殺された。世論は沸騰し、波紋が広がっていく。復讐・正義・罪と罰。染井為人の問いかけは、重く、厳しい。
生活保護やワーキングプアなどの問題を扱った、染井為人のデビュー「悪い夏」は、きわめて現代的な社会派ミステリーだった。作者は以後も、その姿勢を貫きながら、作品世界を深化させた。本書は、現代的な社会派ミステリーであると同時に、普遍的な人間の心の問題に迫っているのである。
半グレ集団『凶徒聯合』の主要メンバーのひとり、坂崎が殺された。凶暴凶悪な行動で知られる『凶徒聯合』は、別の殺人の件で、カリスマ・リーダーの石神が海外逃亡を続けている。一方、主要メンバーの多くは、表社会でも上手くやっていた。それでもメンバーは石神に支配され、『凶徒聯合』から離れることができないようだ。
坂崎が殺された事件を追うのが、警視庁組織犯罪対策部特別捜査隊の古賀と、若い同僚の窪塚である。生活安全課時代から、坂崎たちを知っている古賀。『凶徒聯合』のメンバーなどを当たるが、捜査は進展しない。そんなとき、やはり元メンバーで、ユーチューバーの田中が、配信中に殺され、世論が沸騰するのだった。
『凶徒聯合』の主要メンバーと、古賀の視点を交互にしながら物語が進行するかと思ったら、いきなり犯人視点のパートが挿入されて驚いた。実は坂崎の殺されたときの状況から、海外の超有名な古典ミステリーのネタを使ったのかと思ったが、まったく違っていたようだ。作者は早い段階で、犯人の行動や動機を露わにする。
しかし、それで面白さが損なわれることはない。現在の生活が大切になり、結束が揺らいでいる、主要メンバーたち。『凶徒聯合』の動きから見えてきた、警察の内通者の存在。窪塚の不可解な態度。犯人の恋人が抱える秘密。『凶徒聯合』の本を出そうとしている編集者の天野。自分なりの正義感に突き動かされ“凶徒聯合被害者の会”を立ち上げた中尾。さまざまな要素と人物が絡まり、物語の先が読めない。作者のミスリードも巧みであり、終盤からエピローグにかけての展開に、仰天してしまったのである。
そしてストーリーを通じて、幾つかの重い問いが、読者に投げかけられる。犯人の動機は「復讐」だが、これをどう受け止めればいいのか。中尾の「正義」は、歪んでいるのではないか。一連の事件から浮かび上がる人々の「罪と罰」に、戸惑わずにはいられない。だが、そこに作者の狙いがある。善悪が複雑に入り混じった、現代日本の姿が、ここにあるのだ。
- 鎮魂
- 著者:染井為人
- 発売日:2024年05月
- 発行所:双葉社
- 価格:957円(税込)
- ISBNコード:9784575527520
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて『鎮魂』の試し読みが公開されています。
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本書評は、2024年5月15日(水)に文庫版が発売されたことにあたり、『小説推理』(双葉社)2022年7月号より転載したものです。