もし、誰もが知る有名なグリム童話が、新たなホラーやSF要素を盛り込んで生まれ変わったとしたら──。
そんなコンセプトから誕生した、Netflixのアニメシリーズ『グリム組曲』。本作は、このアニメ作品をコミカライズしたもの。キャラクター原案にCLAMPを迎え、『ACMA:GAME』『BLOODY MONDAY』などの代表作がある恵広史が手掛けています。
本作に収められているのは「シンデレラ」「赤ずきん」「ヘンゼルとグレーテル」という3作品。どれも説明不要な有名作品ですが、原作を活かしつつ、驚きの新要素や世界観を取り入れることで、まったく新しい物語へと変貌を遂げているのです。
たとえば、本作のオープニングを飾る「シンデレラ」。
継母や姉達にいじめられている女の子が、魔法によってドレスで着飾り舞踏会へ。そこで王子様にみそめられるも0時で魔法は解けてしまい……というのが本家のお話。本作は、この古典を新たな視点で再構築。舞台となる世界からして、本家とは異なります。
え、シンデレラじゃない……? 清子(きよこ)?
いきなり意表を突かれますが、舞台はおそらく100年ほど前の日本の名家という大胆なアレンジ。裕福な大田原(おおたわら)家で育つ清子の前に、父の後妻となる鶴子(つるこ)と、その連れ子である真紀子(まきこ)と佐和子(さわこ)がやってくるシーンで幕を開けます。
芸妓出身の鶴子達は、名家との縁に喜びを隠せません。旦那様はもちろん、娘である清子ともこの家でうまくやっていこうという前向きな姿勢が描かれており、この時点で“シンデレラをいびる継母と姉”の構図が揺らぐのですが、そんなある日、事件発生。
清子からプレゼントされた高価な髪飾りをなくしてしまった真紀子。しかし、それはすぐに見つかりました。犯人とともに。
毅然とした態度で、盗みを働いた使用人を解雇する鶴子。しかし、この日を境に使用人達の態度は一変。鶴子達の一挙手一投足に怯えるようになります。大田原家に馴染もうとしていたのに、むしろ悪化していく関係性に悩む真紀子。
誰かが自分達を陥れようとしている?と疑いだしますが、その会話を、清子が立ち聞き。これに気づいた真紀子達は、清子が仕組んだのでは、と問い詰めます。慌てて逃げ出す清子。そして──
階下へと転落してしまう清子。駆けつけた旦那様に清子は「(真紀子と佐和子に)突然怒鳴りつけられて」「お二人どちらかの手が触れ、その拍子に階段から…」と証言。
濡れ衣を着せられ、愕然とするふたり。
詰みました。
ここまで読むとハッキリするのですが、シンデレラが連れ子に虐げられる本家『シンデレラ』と異なり、本作での「シンデレラ」では、ヒロインが連れ子を陥れていくというストーリーが繰り広げられていきます。
自ら煌びやかなアクセサリーを姉に差し出し、質素な着物で過ごす清子。「姉より出過ぎた真似はできない」と彼女は言いますが、その結果、使用人の間で「新しいお嬢様方は清子様を疎んでいる」などと悪評が立つ始末。
少しずつ、でも着実に姉達を追い詰めていく清子。しかし、そこに「復讐」といった感情はありません。実際、姉にいじめられたわけでもありません。だからこそ不気味。
連れ子と清子の関係がよろしくないと感じた旦那様は、姉ふたりの留学を検討します。
キラキラと輝く晴れがましい笑顔で父を送り出す清子ですが、その父は直後、こうなりました。
合掌。清子の父は出かけた際の車の事故でこの世を去ってしまったのです。
悲しみに暮れる鶴子達の前に現れたのは、喜色満面な清子でした。
父を送り出した際の清子の笑顔が別の意味をもってくる、恐ろしい展開。もはやヒロインというよりもラスボス感すら出ています。清子にとって連れ子のふたりは、そばに置いてあれこれともてあそぶ対象。結果的に、こんな楽しいおもちゃをラスボスから取り上げようとした父のこの末路はある意味必然……。
下記は本作の導入部。ヤコブとウィルヘルムという、グリム兄弟を思わせるふたりが、妹のシャルロッテに『シンデレラ』を紹介するシーン。
兄さん達の嘘つき!と言いたくなるほど、恐ろしい悪だくみで次々とターゲットを罠にはめていく“真面目で優しい”清子。こうなるともう、姉側を応援せずにはいられない。清子の策略に、真紀子達はどう立ち向かっていくのか。アッと驚く結末まで、めくるページが止まりません!
さらに『グリム組曲(上)』では、「赤ずきん」と「ヘンゼルとグレーテル」も収録。「赤ずきん」では狼を“人を襲う”人間に置き換えて、ARを題材に仮想と現実の対比を描写。
「ヘンゼルとグレーテル」はSFの世界観で、新たな物語を構築しています。
全部で300ページを超える大ボリュームな本作ですが、恵広史の可愛らしくもあり、感情の奥行をも滲ませる大胆かつ繊細な絵のタッチが、このメルヘンとホラーやSFの融合を見事に表現。
古典ベースゆえ、原典と新作での差異もまた、楽しみどころのひとつ。オムニバスながら、集中が途切れることなく最後まで一気に読み進めてしまいました!
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(レビュアー:ほしのん)
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年6月2日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。