この世界に行ってみたい!
うれしいときでも、かなしいときでも、花をもらうとコアラを抱っこするときのような丸っこい動作で抱えてしまう。花束じゃなくても、たった一輪だけでも、絹ごし豆腐を手のひらに載せたときのアノ慎重さが発動する。みずみずしくて柔らかいものが私のところに来てくれるなんて、と思う。つまり傷つけたくないのだ。花は、贈る人と受け取る人の「気持ち」を過不足なく静かに代弁する不思議な贈り物だ。換金性がまったくないところも上品でチャーミングだし。
『魔女の花屋さん』で取り扱われる花たちも、いろんな人の気持ちを静かに伝える存在だ。桜、ミモザ、バラ……もう、みーんなカワイイ!
そしてそんな可憐な花たちを売るのは、こんなかわいらしい魔女たち。
空気をたっぷり含んだドレスの裾と、大きなリボン、袖や胸元のステッチ。表情もしぐさもぜんぶカワイイ! 絵にうっとりするマンガだ。ああ眼福眼福。
主人公の“アリー=エイベル”は魔女になりたくて故郷の田舎から都会に出てきた女の子。
アリーの服装はセーラー服っぽくて初々しい。夢いっぱいのアリーが見かけた美しい魔女は、この街で“花の魔女”と呼ばれている。あと変わった瞳を持っている。
夢がふくらむ絵だなぁ。この作品の世界に行ってみたくなる。私には彼女がダメダメには見えないが、ダメダメらしい。そしてこの街では魔法が役に立っていたのは過去の話で、今じゃ機械や道具のほうが便利なのだとか。でもアリーは魔女になりたい! そして花の魔女に「弟子にしてください」と会いに行くも、アッサリ断られてしまう。しかも、だ。
超不定期営業(10年くらいお店を開けていなかったりする)の花屋を営む彼女は、「花の魔女」と呼ばれているが、売り物の花は「普通の花」! そう、あなたや私が駅前の花屋さんで見かけるあの花たちと同じだ。
“ヨシノ=ヨーク”と名乗る花の魔女の達観ぶりを見るに、15歳のアリーよりうんと年上みたい。「人は魔法に頼らなくたって幸せになれる」と魔女本人が口にするのは、さみしいような気もするが、花をもらったときに「あっ」と口元がゆるむ瞬間を知っている私たちは、ヨシノの語ることが少し理解できる。
でも15歳の魔女志望は納得できない!
ちょこまかと泣く姿もかわいい。
魔女になる夢を絶対にあきらめたくないアリーは弟子になるために試練を受け、波瀾万丈の末なんとか合格。「人は魔法に頼らなくても幸せになれる」と語るヨシノがアリーに認めた資質とは?
こうして晴れて花の魔女ことヨシノの弟子になったアリーは……!
花屋さんの従業員に。繰り返しになるが、花は私たちの世界にある花屋さんとほとんど同じ。スイートピーは魔法のスイートピーとかではなく、ごく普通のスイートピー。
でもここはやっぱり“魔女の”花屋さんなのだ。
もうすぐ結婚するカップルに贈るお花は何がいい?
ヨシノの花模様の変わった瞳には、人の気持ちを読む力が備わっている。ヨシノのどこか達観した雰囲気は、彼女の力がそうさせているのかも。たぶん知りたくなかった気持ちもたくさん読み取ってきたんだろうな。でもそんな不思議な力と、花の知識とヨシノの優しい気持ちで、お客さんにふさわしい花が選ばれる。
魔女と魔法と花が入り交じる不思議なマンガだ。
エルフの“オリビア”と出会ったアリーが差し出すのはミモザ。これも普通のミモザ。
「人は魔法に頼らなくても幸せになれる」というヨシノの言葉を、世界全部をつかって証明するようなエピソードだ(魔法も出てくるし、それはそれで胸が踊るんですけどね)。それにほら、オリビアの手の表情! コアラとかお豆腐を受け取るような手をしていると思いませんか。
そして本稿で絶対に触れなきゃ!!!と思ったのがこちらの“少女”。
深刻そうな顔をしているけれど眉毛がめちゃくちゃ愛らしい。ヨシノと旧知の仲の “ジャネット”は、ある種族であり、この街の貴族。エルフがいて、魔女がいる世界で、ジャネットさんが何の種族かわかりますか? 最高ですよ。
ページのすみからすみまで丁寧に作り込まれたファンタジーの世界だが、そこで語られることは、私たちの足元でも揺れていそうな、そんな優しくてかわいらしい物語だ。
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(レビュアー:花森リド)
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年6月1日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。