いかに孤独死しないか」から「いかに孤独死させない社会を作るか」へ。数々の孤独死現場から見えてきた、生きている私たちができることを探る一冊。
実は私も何度か、孤独死の現場を取材したことがある。そのうちの一件、53歳の男性が亡くなった部屋の光景をたびたび思い出すのは、私がその年齢に近づいたせいだろうか。
中層マンション、西向きの一室。玄関を入ると、部屋の扉に引っ掛けられた紳士服が見えた。無造作に丸められた布団に、整理されてはいない書類の束。確かにここに住んでいた人が今はもういないことを告げるのは、リビングの一か所に溜まる血と体液だけだ。「冬なので、臭いはそこまで強くないですね」と清掃業者は言うけれど、防護マスク越しにもうっすら感じるその臭いを、漢字一文字で表すなら「糖」だった。
テーブルの上に散らばった名刺から、彼が中堅どころの会社で課長職にあったことを知る。当時はコロナ禍前で、リモートワークでもなかったろうに、彼は2週間、誰にも発見されなかった。無断欠勤を訝った人はいなかったのだろうか。親しい友人もなかったのか。最期の時、出血をティッシュで押さえながら、呼ぼうとしたのは誰の名前だったのだろう。
菅野久美子さんの『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』を読みながら、あの時、夕陽の射しこむ部屋で湧き上がった感情を、何度も反芻した。彼への哀れみと同時に、これは独身の自分にも起こりうることだと、ほんの少し先の未来を見たような気がする。
孤独死の背景には、現代人の孤立があるという。孤独死は高齢者だけの問題ではないのだ。菅野さんによると、日本では老いも若きも含めた約1000万人が、様々な縁から断たれた孤立状態にある。現在の年間孤独死3万件という数字からは、これから訪れる大量孤独死時代が透けて見えるらしい。
ならば、今できることは何か。菅野さんは、まるで焦っているかのように、孤独死防止活動に尽力する人々にも取材を重ねる。孤立していた人が周囲と縁をつないでいく様は、奇跡のようでもあり、すでにわかっていた答えのようにも映るのだ。人が人らしく生きていくのに何が必要か、私たちはきっと気づいている。「いかに孤独死しないか」から「いかに孤独死させない社会を作るか」へ。数多くの現場で死者と向き合った菅野さんは、彼らに背中を押されているのかもしれない。早く、生きている人たちをつないで、と。
私はこれからどう生きよう。キッチンにはいただきものの文旦が、生命の塊のような太陽色に光っている。あれをご近所さんにお福分けしようか。「死んだらすぐに見つけてね」ではなく。「生きてる間、お互い楽しく、よろしくね」という気持ちを込めて。
- 孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル
- 著者:菅野久美子
- 発売日:2024年02月
- 発行所:双葉社
- 価格:770円(税込)
- ISBNコード:9784575715026
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて著者・菅野久美子さんのインタビューと、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』の試し読みが公開されています。
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」2024年3月2日(土)公開「ブックレビュー」より転載