中山夏美
山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。
「人生100年時代」と言われています。39歳の私。働き盛りを過ぎても、人生はまだまだ長い。子育てが終わっても、多分余生はある。何か大病をするかもしれないけれど、きっと穏やかに生きて、老いてくのだろうなぁと思います。
『葬送のフリーレン』は、勇者一行が魔王を倒し、10年の旅から帰ってきたその後が描かれています。「ここから始まる!」というよりも、ラストシーンのような始まり方。4人の勇者一行のうち、2人は人間で、2人は魔法使いのエルフと戦士のドワーフ。人間ではない2人は、寿命が長い。エルフに至っては、1000年を超えて生きます。
寿命が長いということは、人生の重みも違います。エルフにとって「たった10年の旅」も、人間にとっては「10年もの長い旅」です。そのすれ違いを感じて、しみじみ自分の人生を考えてしまいます。主人公はエルフのフリーレン。すでに1000年以上生きている(明言はされていないけれど、そういう設定かなと予想できます)彼女が今をどう生きるのかを考える話ではないかと思って読んでいます。
『葬送のフリーレン』原作 山田鐘人、作画 アベツカサ
急かされて生きる人間を振り返る
漫画の中では、度々時間に対する感覚の違いについてのセリフが出てきます。例えば、フリーレンが「ここで2か月滞在しよう」というと、旅を共にしている弟子のフェルンは人間なので「そんなに滞在できません!」と怒ります。
でも、ふと考えるのは、今の私は時間に追われすぎているのではないか、ということです。仕事もプライベートも、何かに急かされるように暮らしています。「たった2か月」のんびりすることが許されないほど、常に切羽詰まって生きています。でも、だからといって一瞬一瞬を大切に生きているわけでもないんです。
1000年以上生きるフリーレンにとって、1年なんて私たちの1時間と変わらないかもしれません。でも、たった100年しかない私の人生ですら、1年を大事に暮らしていないようにも思うのです。気づいたら今年も、もうあと2か月。何か大切なことを忘れている気がします。
フリーレンは、旅の途中、ちょっとした無駄な行為をします。それは共に勇者として戦ったヒンメルの教えでもあり、彼らとの思い出を振り返るためでもあります。その姿を見て、また考えてしまいます。私は人生において、無駄と思われる行為でも大事にしていることがあっただろうか、と。自分軸だけではない人生を考えたことがあっただろうか、と。
エルフと人間の時間に対する感覚の違いを見る度に、自分の人生をふと振り返ってしまいます。そしてこの漫画には、それを考えさせるだけのゆったりとした時間が流れています。
旅番組を見ているような滋味深さ
魔法使いがいて、勇者がいて、魔物が出てくるといえば、冒険物語を想像しますが、みなさんがイメージするそれとは、まったく別物なのが『葬送のフリーレン』です。たしかに、魔物との戦闘シーンはありますが、この話においていえば、めちゃくちゃ重要なシーンというわけではありません。あくまでメインは、フリーレンと弟子のフェルン、そして戦士シュタルクの3人が旅をする話。そこに軸があります。
訪れた街で人と出会い、街を救ったり、何かを発見したり。休日のお昼にやっている旅番組のような雰囲気と言えばいいでしょうか。なんとも滋味深い話です。
直近で発売された10、11巻あたりでは(現在11巻まで発売中)、魔物との戦闘シーンがかなり白熱したものでした。とはいえ、『ジャンプ』の世界観は期待しないでください。そこが見どころではないんです! 大迫力な戦いではありませんが、それぞれが抱える想いや心情には心打つものがあります。そちらにぜひ期待してほしいです。
こんなにも穏やかに読める冒険ファンタジーはあったでしょうか。ときには自分の人生を振り返り、ときには彼女たちの想いに涙する。悪との戦いをバチバチに繰り広げるストーリーも刺激的ですが、この架空の世界にどっぷりと浸りながら彼女たちの旅を見守るのもまた、新しい楽しみ方に思えます。
※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年10月22日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。