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「自由を求める代償は高くつく」奴隷となった少年たちは自由を掴めるのか…!?『スレイブベッセル』

絶望の淵から自由をつかめ!

タイトルになっている「スレイブベッセル」とは奴隷船のこと。すべての自由、希望を奪われたコンパクトな舞台。そこでは支配する者と支配される者が狭い空間に押し込まれ、そのどちらも外に逃げられない。両者の関係を決めるのは唯一、暴力のみ! 本作は、そんな状況だからこそ見られる生身の人間の裏の裏、裏切り、疑心、生への渇望を描き出す。

主人公は、「絵描きでは食べていけない」という無理解な両親と暮らしながら絵画教室に通い、芸術学校の特待生になるべく努力を重ねるテオ。いつか人の心を動かすような絵を描きたいと強く願っている(が、少々前のめりすぎ)。

 

同じ絵画教室には、カイという才能に恵まれた生徒がいる。自分の実力を自覚している彼は、特待生の有力候補(それだけに、常に上から目線)。

劣等生のテオと、優等生のカイ。正反対ではあるが、共に絵描きになるという夢を追う二人。テオは、見たものを正確に記憶する生まれ持った能力を生かしてなんとか特待生選抜試験をパス。二人は芸術学校のある街へと旅立とうとするが……。

信頼する絵画教室の先生に奴隷の焼印を押され、二人は劣悪な環境の船に押し込まれる。

ここから物語は、絶望感漂う奴隷船のなかで展開する。手足に錠をかけられ、首を鎖で四人一組に繋がれたテオとカイ。体の弱い左端に繋がれた男は早々に息絶え、右端の男ウェントは「5日に1人は誰かが死ぬ」と教えてくれる。そのウェントが、カイが持つ星についての知識と、見たものを正確に描けるテオの才能を知り、脱出計画を持ちかけてくる。ただし、ウェントは念押しする。

脱出したいなら、裏切ることなく 協力し合うこと。

かつて脱出に成功したという人物が天井に刻んだメッセージと、その文字を浮かび上がらせるクレパス。それだけを頼りに三人は脱出を決行するが……、

死んだと思った左端の男が、まさかの密告者!
ひー、その流れは読めなかった!

 

ひとコマ、ひとコマに隠されたトラップ

ウェントの計画とは、船底から出たあと、手足の錠の鍵を手に入れ、航海士の海図をテオが読み取り、脱出の機会を探るというものだった。しかし、すでに脱出計画は奴隷船の船長に漏れている。もう「詰んだ!」状態だが、ここから物語は“まるで船長から計画が見逃されたかのように”進行する。それは、船長による退屈しのぎの残虐な余興なのか?

甲板まで出たテオ、カイ、ウェントの三人。しかし、他の脱走者を追っていた船員たちに見つかりそうになる。そこでウェントが二人をかばい、船員たちの前に飛び出す。

なにそれ! そんな話聞いてない!
ウェントの言葉はハッタリかもしれないが、本当かもしれない。
「裏切ることなく 協力し合うこと」と念押ししたウェントを信じるべきか、裏切ったと判断すべきか? テオとカイは、どちらの可能性も残しながら次の行動を選択することになる。

本当の場合/嘘の場合、それを確かめる方法といったロジックの積み上げが、この作品の面白いところ。しかし、その積み上げたロジックは常に不安定で、いつ突き崩されるかわからない状態に晒され続ける。このあと、連れ去られたウェントは船員たちを振り払ってきたと言い、再びテオとカイに合流するのだが……、それ、都合良すぎないか?
一度抱いた疑念は、拭いきれない。そんな疑念の上にまたひとつロジックを積み上げて、二人は絶望と自由の細い境界線を歩むことになっていく。

テオとカイが知らされていない事実(もしくは嘘)が、次々と明らかになる展開。しかし、その展開に至るまでに、実は伏線が張られている。その伏線の張り方が実に絶妙で、読者はたびたび不自然なセリフや絵に「?」という不自然さを見つけることになる。「えっ、それってなに?」と考え始めると、すべての登場人物が不穏なのだ。そもそも船長以下、船員たちが仮面をつけているのはなぜか? 脱出に成功した人間が、どうして天井に脱出方法を書き記せたのか? セリフのひとつひとつ、コマの細部までしっかり読み取らないと、どんな真実、嘘、可能性が仕込まれているかわからない。それが気になって読み返すと、序盤でサラッと挿入されている「奴隷制」の是非についての描写も気になってくる。

絵描きを目指すテオとカイが奴隷として選ばれた理由も、なにかあるのかもしれない。二人を奴隷として売り払った絵画教室の教師は、こんなことを言っている。

奴隷となったテオとカイは、どうやって自由をつかむのか?
その奴隷船のたどり着く港は、まだ見えない。

(レビュアー:嶋津善之)

スレイブベッセル 1
著者:吉井隆悟
発売日:2023年12月
発行所:講談社
価格:759円(税込)
ISBNコード:9784065337332

※本記事は、講談社コミックプラスに2024年1月25日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。