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【Vol.5:佐原ひかり】編集者が注目!2023年はこの作家を読んでほしい!

新しい年が始まりました。ほんのひきだしでは今年も皆様の読書ライフの充実をお手伝いすべく、人生を豊かにしてくれる、さまざまな魅力あふれる本をご紹介していきます。

まずは、1月1日より12日間にわたり、各出版社の文芸編集者の皆さんが【いま注目の作家】を紹介する「編集者が注目!2023年はこの作家を読んでほしい!」をお届けします。

ぜひ、今年の“初読み”にふさわしい一冊を見つけて、書店に足を運んでみてください。

 

河出書房新社編集者 岩﨑奈菜さんの注目作家は「佐原ひかり」

佐原ひかり(さはら ひかり)
1992年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。2017年、第190回コバルト短編小説新人賞を受賞。2019年、第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞し、受賞作を加筆修正・改題した『ブラザーズ・ブラジャー』で一躍注目を集める。他の著書に『ペーパー・リリイ』(河出書房新社)、『人間みたいに生きている』(朝日新聞出版)がある。「スピン/spin」誌にて「リデルハウスの子どもたち」を連載中。

 

新しい価値観と繊細さとユーモアと

佐原ひかりさんは、2019年に氷室冴子青春文学賞大賞を受賞しデビューした新鋭作家です。受賞作『ブラザーズ・ブラジャー』は、そつなく高校生活を送っていた少女にブラジャーが好きな義弟ができて……という物語。「LGBTQの物語かと思ったら、違った」という読者の声多数の、瑞々しい青春小説です。

この賞への応募時に、佐原さんがご自分に以下の3点を課した、とうかがい、作品の素晴らしさとあいまって、是非お仕事をしたいと思いました。

・氷室冴子先生の名前を冠した賞である限り「少女」というものをきちんと丁寧に描くということ。
・今の時代に対して何か新しい価値観やアンサーを自分なりに提示するということ。
・繊細さとユーモアを忘れないこと。

そして2022年、『ブラザーズ・ブラジャー』とはまったくテンションの違う作品が私の手に届きました。それが、年の離れた女性2人のロードノベル『ペーパー・リリイ』です。主人公は結婚詐欺師の叔父に育てられている高校生・杏(17)。ある夏の一週間、叔父に騙された女キヨエ(38)と旅に出ます。

「佐々木さんは、そういう、気づきっていうの? こっちがハッとしちゃうようなことをよく言ってくれた。結果的にこういう形にはなったけど、佐々木さんと過ごした時間も気づきもうそじゃないのよね」

キヨエがなつかしむように、うんうん、と頷きを繰り返している。ばかじゃないのか。そんなやすっぽい「気づき」でコロッといくなんて。オエ、と思いっきり舌を出してやったが、キヨエは気づかない。

佐原さんの作品の根底にあるのは、「カテゴライズする世間」「押し付けられる“らしさ”」「“考えさせられた”で終わる感動」を突き破る、「個人」の力と、「物語」への信頼だと思います。

本作の設定から、分かり合い心を通じ合わせる2人、あるいは昨今のシスターフッドや百合展開を期待される方もいるでしょう。しかし、この物語は「“ペーパー”リリイ」。2人は最後まで分かり合えない「他人」同士として、それぞれに愛とか恩とか罪のしがらみを振り切って、生きる力を取り戻してゆきます。しかも絶妙な繊細さとユーモアのバランス、次から次へと繰り出される予測のつかない展開をもって。

読後、自分も杏やキヨエと共に走り出したくなるような、爽快さでいっぱいの物語が誕生しました。

昨年9月に創刊した新雑誌「スピン/spin」では、連載「リデルハウスの子どもたち」もスタートしました。謎めいた特殊クラスを持つ寄宿学校が舞台で、冒頭はあの名作児童文学へのオマージュ「毎週金曜日はゆううつな日だ」。

多彩な物語世界を次々と生み出している新鋭・佐原ひかりさん、是非注目ください。

(河出書房新社 編集部 岩﨑奈菜)

 

ペーパー・リリイ
著者:佐原ひかり
発売日:2022年7月
発行所:河出書房新社
価格:1,760円(税込)
ISBN:9784309030500

 

ブラザーズ・ブラジャー
著者:佐原ひかり
発売日:2021年6月
発行所:河出書房新社
価格:1,672円(税込)
ISBN:9784309029641