ほんのひきだしでは、この年末年始も13日間にわたり、各出版社の文芸編集者の皆さんが【いま注目の作家】を紹介する「編集者が注目!2024年はこの作家を読んでほしい!」をお届けします。
ぜひ、気になる作家や作品を見つけて、書店に足を運んでみてください。
河出書房新社編集者 戸床奈津美さんの注目作家は「小泉綾子」
小泉綾子(こいずみ あやこ)
1985年、東京都生まれ。10代を九州で過ごす。2022年、「あの子なら死んだよ」で第8回林芙美子文学賞佳作受賞。2023年、『無敵の犬の夜』で第60回文藝賞受賞。
無謀な欲望を抱く人間たちの、愚かなる魅力
第60回文藝賞を満場一致で受賞された小泉綾子さん。お会いすると、ふんわりと柔らかなお人柄ながら、お話しされる日々のエピソードはパンチの効いたものばかり。物の見方やご発想も独特のセンスに満ちていて楽しい方です。選考委員の町田康さんとの対談でも、小泉さんの一風変わったご経験――映画監督を志して九州から上京し、レコード屋のバイトで老店員たちのバトルに巻き込まれたり――が面白い!と盛り上がっていました。
受賞作『無敵の犬の夜』は、北九州の男子中学生・界(かい)が、憧れの先輩のために“鉄砲玉”となり東京へ向かう話。文芸誌掲載直後からSNSでの反響や、新聞各紙・ウェブ・テレビ等さまざまなメディア媒体からの取材依頼が絶えず驚きました。
映画や音楽などのカルチャーがお好きな小泉さん。今作は令和の任侠映画「孤狼の血 LEVEL2」を観た熱に浮かされ数日で書き上げたとのこと。応募時のタイトルは「鉄の夢」で、“鉄砲玉”と“鉄の町・北九州”、2つの意味が込められています。
印象的だったのは、「この先俺は、きっと何もなれんと思う。夢の見方を知らんけん」という界のモノローグ。正しい「夢の見方」を知らず人生への諦念を漂わせる界ですが、東京に憧れる先輩との接触を経て、胸の底に熱を滾(たぎ)らせていきます。やがてその熱は暴走し、思わぬラストへと結着します。
これまで執筆された作品も、登場人物たちはみな自分の欲望に忠実。しかしその欲望に振り回されて無謀な行動に出てしまったり、欲望の形が自分でもしっかりと見えていなかったりするところに愛おしさを感じます。
「正しい」欲望の抱き方を知っている人には愚かだと笑われるような姿をまっすぐに描かれていて、どの作品も面白く読ませる力に満ちています。
現在、今年の『文藝』掲載に向けて次回作を準備されています。次の主人公の「夢の見方」とその行方にご注目ください。
(河出書房新社 『文藝』編集部 戸床奈津美)
- 無敵の犬の夜
- 著者:小泉綾子
- 発売日:2023年11月
- 発行所:河出書房新社
- 価格:1,540円(税込)
- ISBNコード:9784309031590