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ノルマは月1500万円!超セレブVS女性外商員のお仕事エンタメ『上流階級 富久丸百貨店外商部』インタビュー

高殿円さん

2015年に竹内結子さん主演でドラマ化されたことでも話題となった『上流階級 富久丸百貨店外商部』。

その第1巻と第2巻が、今夏2か月連続で文庫化されました。著者は『トッカン 特別国税徴収官』や『政略結婚』などで知られる高殿円さん。発売後、たちまち重版になるなど再び注目を集める今シリーズについて、高殿さんにたっぷりお話をうかがいました。

上流階級
著者:高殿円
発売日:2019年07月
発行所:小学館
価格:935円(税込)
ISBNコード:9784094066616
上流階級 其の2
著者:高殿円
発売日:2019年08月
発行所:小学館
価格:891円(税込)
ISBNコード:9784094066623

神戸の老舗、富久丸百貨店芦屋川店で、外商員として働く鮫島静緒(37)。日本一の高級住宅地・芦屋を含む阪神間のセレブたちに、お買い物をしていただくのが彼女の仕事だ。ノルマは月1500万円! パティスリーでの経験と人脈を活かして奔走する静緒だったが、外商部はいずれも一筋縄ではいかないお客様がたばかり。その上、本物のセレブ出身男子が同僚として配属されてきて――。

 

小説で地元“神戸”をプロモーション

――本作は、本物のお金持ちだけを相手にする、百貨店の外商部が舞台の物語ですね。どういうきっかけで書かれたのですか?

これまで浜松や金沢を舞台とした小説を書いてきたのですが、取材やプロモーションでその地を訪れると、みなさんの「自分の地域のことを知ってもらいたい」「地元が大好き」という熱い思いを感じるんです。そのたびに、“売り”がある地域っていいなと思っていました。

私は神戸生まれの神戸育ちなのですが、神戸が歴史の表舞台に出てきたのは、平清盛が遷都したときと、幕末に横浜などと並んで開港され、居留地ができたときくらいなんですよね。もし私が神戸のプロモーション課にいたら、どうやって神戸を売り出すだろう、私の好きなものってなんだろうと考えていくうちに、百貨店に思い至ったんです。

もともと関西のリッチの方は船場商人、関東は大名家出身の方が多いので、東西ではお金持ちの性質が違うんですね。調べていくうちに、芦屋とか神戸には、田園調布や横浜とは違う文化があることもわかってきて、きっと日本橋発祥の三越を舞台にするのとは違う話が書けるだろうなと。そこで、「よし、百貨店を売り出そう」と思いました。

――主人公の静緒は、ある有名パティスリーの営業として経験を積み、その実績を買われて百貨店にスカウトされた女性です。

神戸といえばゴンチャロフやアンテノール、神戸風月堂といった老舗をはじめとして、洋菓子のイメージもありますよね。百貨店と洋菓子という2つを、本作で一緒に売り出そうと考えました。

また、どの仕事も根底にあるものは共通していますが、そうはいっても年代それぞれの仕事の仕方がありますよね。お仕事小説としてありきたりにならないためにも、本作では20代で一回実績を作った主人公が、そこからさらに、キャリアを積み上げていく姿を描くことにしました。

 

顧客は超ハイクラス層! 彼らと外商の知られざる日常を描く

――百貨店といっても、外商は一部の特別なお客様だけを相手にする特殊な世界ですね。静緒たちの、店売りとはまったく違う仕事ぶりが興味深かったです。

それまで百貨店を舞台にした小説はいくつかあっても、外商部に絞ったものはありませんでした。「取材が難しいからかな」と思ったのですが、逆に私はそういうところに燃えるたちで(笑)。『トッカン』で描いた国税局徴収部よりは簡単かなと思って取材を始めたのですが、むしろ国税局のほうが楽でした。

――外商員たちの奔走する様子がリアルに描かれていますが、実際の取材はどのようにされたのですか?

まずは日本中の百貨店の広報に取材を申し込んだのですが、なかなか受けていただけず……。個人的なつてをたどって、なんとかたどりついたのが大丸さんでした。

大丸神戸店はもともと大好きな百貨店なんです。阪神・淡路大震災では、居留地の石造りの洋館が崩れてしまうなど多くの被害が出ましたが、大丸さんの外観には、あの雰囲気を残そうという矜持が感じられます。

それがドラマで全国に映し出されたときは感慨深かったですし、ドラマを見た関西以外の人たちが、「神戸ってこんな雰囲気なんだ。行ってみたいね」と言ってくれたのもうれしかったですね。

――セレブたちの生活や豪快なお買い物の様子にも驚かされました。

それも、リッチなお友だちに根掘り葉掘り聞いたり、「家庭画報」などの雑誌から入ったりして、セレブになったような気分で書きました。

私の日常とは全く違う、理解の及ばない世界なので、びっくりするような高額商品の話もたくさん出てきます。ただ、主人公の静緒は普通の勤め人なので、私が取材先で感じたギャップはあえてそのまま盛り込んでいます。もちろん想像の部分もたくさんあるんですけれどね。

 

ポジティブに“恩を売る”

――一口に物を売るといっても、外商が扱うのは店に置にいてあるものにとどまりません。入手困難なケーキやおもちゃ、旅行のアテンドから冠婚葬祭まで、さまざまな難題にも応えていきます。そこから生まれる関係性の深さは、外商ならではですね。

外商はそのサービスの性質上、顧客のプライベートに踏み込む場合が多いので、どこまでが仕事で、どこで距離を置くのかの線引きが難しいですよね。

人は、どんな仕事であっても誰かに任せる場合、自分が信頼できる人に頼みます。外商の場合は特に、その信頼に対してお金を払う部分が大きいのではないでしょうか。

――静緒の外商員としての仕事も、まさに信頼を得るところからスタートします。一方で、「売場がないなら作ればいい」と新たなサービスを開拓していくバイタリティも彼女の魅力です。

インターネットで同じものが安く買えるのに、なぜ百貨店で定価を出して買うのか。すべての小売りに対する答えが、そこに詰まっていると思うんです。

リアルなお店には、ディスプレイやBGM、ざわめき、匂いなど、五感にアプローチできるというアドバンテージがあって、何より人や物との出会いがあります。そういった「出会い」に対してどれだけの価値を見いだして、お金を払えるかということですよね。

――静緒は自分の営業スタイルを「恩を売りに行く」と表現していますね。あまりいい印象ではない言葉でしたが、なるほどなと思いました。

「恩を売る」という言い方がネガティブに捉えられるのは、恩を返せという言葉とセットになるからですよね。でも、「その恩は私に返さなくてもいいよ」ということであれば、ポジティブだと思うんです。

普通の商売では、売った物に対する対価は即返ってきます。だけど外商は、その商品に付随する出会いや体験も付加価値として売っている。商品の対価はその場でもらうけれど、サービスへの対価はすぐに返してもらわなくてもいいという考え方です。

静緒の言葉でいえば、「恩を売った」富裕層の子息が結婚したら、その子どもが生まれたときや七五三、果ては結婚するときには当店を使ってくれればいいという、いわばツケ払いなんですね。それがあるからこそ、外商というものが存在するのではないでしょうか。

 

『上流階級 富久丸百貨店外商部』は外商版「マイ・フェア・レディ」

――外商部門だけで百貨店の売り上げの3割を担うと書かれていますが、それはまさに顧客との太い関係作りから生まれるものなんですね。静緒はそうした外商としての仕事の本質を、葉鳥というカリスマ外商員から学んでいきます。

もともと本作では「マイ・フェア・レディ」をやりたかったんです。ヒギンズ教授である葉鳥が、お菓子を売っていた静緒を一人前の外商員へと教育していくわけですが、そのままでは旧態依然として昔と変わらない。そこでもう一人、男のイライザがいてもいいのではないかと考えました。

イライザ同士のライバル感情もあるでしょうし、今の時代ならではの話になって、おもしろいかなと。

――もう一人のイライザとなる桝家は資産家の御曹司ですが、家族やセクシャリティの問題を抱えている人物です。最初はギスギスしていた静緒との関係が、予期せぬルームシェアや仕事を通して変化していく様子も読みどころですね。

静緒はいわば「仕事だけ愛していて何が悪いの」というキャラクターで、桝家は「お坊ちゃまで有能だけど、仕事は趣味」という、対極にいるようなタイプです。その2人の共同生活から生まれる関係性を描くことで、「どんな生き方であってもいいのだ」ということを伝えられたらなと思っていました。

仕事ができるってそれだけで素晴らしいし、結婚という形に縛られなくても、気の合う人間と一緒にいて、居心地が良ければそれでいい。なのに世の中では、いまだに仕事ができるだけでは否定されて、早く結婚しろ、子どもを産めと言われる。そこに反旗を翻したかったんです。

フィクションの中でくらい、気持ちよく生きている人たちの話を書こうと思ったのが1巻。でもその人たちが生きづらさを感じているのは事実だから、それについて掘り下げて書いたのが2巻ですね。

――お金の有無や立場にかかわらず、誰もがさまざまな悩みや思いを抱えている。2巻では特に、そうした登場人物たちが、自分らしい生き方を模索していく姿が印象的でした。

富裕層を書くことに関しても、もっと反発されるかなと思っていたんです。リッチな人のお家拝見みたいなテレビ番組はいっぱいあって、多くの人が彼らの生活には興味がある。その一方で、リッチであることに対しては負の感情があって、否定的だったりしますよね。

でも資本主義社会はそういうものなのだから、富裕層に気持ちよくお金を使っていただいて、それが回りまわって我々に降り注ぐようなシステムができればいいのになという願いも込めています。

――「妬みは錆だ」というセリフもありましたが、静緒のようにフラットに、シンプルに自分の仕事に最善を尽くせたらいいですよね。

私は最近、「老い先短いので、もう誰の言うことも聞かないです」とよく言うんです(笑)。あと何年書けるかと考えたときに、人の言うことを聞いてうじうじしていたらもったいないなって。

今回も、小学館さんにどうしても表紙を箔押しにしてほしいとお願いしたのですが、それは読者とこの本の出会いをキラキラするものにしたかったから。書店さんの店頭で表紙がきらっと光ったら、それだけで「見つけた」という気分になりますよね。

出版不況といわれる中、外商の仕事と同じで、本も読者との出会いを素敵なものに演出することが大事。その役目を担うのが、まずは装丁だと思うので、そこで手を抜くようではいけないと思うんです。

今回、そんな私の願いを小学館さんが聞き入れてくれて、帯にはまさかのデヴィ夫人と宇垣美里さんが登場してくださいました。パッケージとしては最高のものができましたし、書店さんでの売行きもいいと聞いているので、本当にうれしく思っています。ぜひ多くの方に手に取っていただきたいですね。

高殿円さん

高殿 円 Madoka Takadono
兵庫県生まれ。2000年に『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し、デビュー。『トッカン 特別国税徴収官』『上流階級 富久丸百貨店外商部』はドラマ化され話題に。ほか『政略結婚』など著書多数。

 

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