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【第12回】生きづらい世の中と戦う“私たち”に向けられた力強いエール。『ジーンブライド』の世界

中山夏美

山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。


以前、営業をしている女性の友人が「女だからって相手にされないことがある」と愚痴っていたことがありました。別の友人は、高校生のときに毎日のように電車で痴漢にあっていたせいで、性被害の事件が起こる度に誰よりも怒りをあらわにしています。

今回紹介する『ジーンブライド』(祥伝社)の冒頭、主人公の諫早依知が男性の映画監督に取材をしますが、相手は「そんなに褒められると男は勘違いしちゃうよ」と返答。依知がどんなに真剣に映画の話をしようとも、監督は彼女の容姿にしか興味がない。それに対して依知は、無の表情を浮かべながら「はァ〜〜〜うんこたれがよ」と心の中でつぶやくのです。

「女だから」。そのせいで不自由さを感じたことはありますか? また、感じさせてしまっていると、思ったことはありますか? そんな疑問を問う漫画です。

 

『ジーンブライド』 高野ひと深

ジーンブライド(祥伝社)高野ひと深

 

私たちの生きづらさを感じて

「女であるゆえの生きづらさ」。昨今、そんな言葉を耳にすることが多くなった気がします。女だから出世できない、出産後に同じポストに戻れない。露出のある服を着ているだけで「誘っている」と思われたり。毎月向き合わなくてはいけない生理だって、そのひとつだと思います。

私はとくに、結婚、出産後に、男女の差を感じるようになりました。当たり前のように毎食の準備をし、家事をこなす。保育園で子どもが熱を出せば、電話がくるのは私のところ。夫に強制されたわけではなく、自分でもそれが当たり前かのように受け止めています。仕事もやっぱり子ども優先で、幼き子どもを保育園に預けてまで仕事をすることに、私だけが罪悪感を抱いています。でもよく考えたら、どうしてなのだろうか。「男女平等」を訴えるようになっても、まだまだ私たちの中には根強く「男だから」、「女だから」で考えてしまうスイッチがあるように思います。それは誰かに教えられたというよりも、初めから組み込まれていたシステムのような気さえするのです。

作品には、依知の同級生として正木蒔人という男性が登場します。自閉スペクトラム症傾向のある彼は、イレギュラーなことが起こるとパニックに陥り、依知とは違う意味で生きづらさを抱えるひとり。その蒔人は依知が“生きづらい”と感じる要因について、男性目線で理解を深めていきます。例えば、男性だけの取材先に依知が1人で行けない理由、逆に男性には絶対に来て欲しくない取材相手がいる理由、女子トイレにペン型の不審物があったことを恐れる女性がいる理由など。「あたしらは、あんたらの事まで考えておかないと死ぬかもしれないっていうのに」。不思議がる蒔人に依知が放つ、このセリフにすべての答えが詰まっています。

「全然ピンとこない」と思う方がいたら、ぜひ漫画で確認してください。もしくは、すぐにネットで検索を(蒔人は実際にネット検索で答えを見つける)。彼女の視点から見る世界は、驚くほど生きづらい。それを目の当たりにしてほしいです。

 

SF展開で深みのある物語に

現実に生きる依知がどう立ち向かっていくのか。これは『ジーンブライド』の大きなテーマですが、物語が進んでいくと、まさかのSF展開が始まります…!

依知と蒔人が通っていた学園の生徒たちに、たまたま映画館で遭遇。すると、その子は容姿も名前も依知と同じ。スマホのような端末で管理をされ「生まれて初めて外に出た」と言います。なんだなんだ、この展開は!と思ったところで1巻は終わります。2巻では、依知にそっくりの少女がどんな学園生活を送っているのかが描かれますが、これがまた謎多き世界なんです。

冒頭、依知の苛立つ姿を全面に出したことで、女性の生きづらさをひたすら描いていく作品であろうと思わせておきながら、その軸に仕掛けを潜ませることで、ただのフェミニズム作品では終わらせないストーリー展開になっています。2巻が終わった時点では、まだまだ学園の謎は解明されておらず、これからさらに物語はおもしろくなっていくであろうと予想させる終わりに。SF展開とフェミニズム視点。これがどう融合していくのか、楽しみでなりません(現在2巻まで発売中)。


※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年9月7日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。