映像配信サービスを中心に電子書籍も販売してきたU-NEXTが2020年8月、出版事業をスタートさせました。
第1弾として町田康さんや誉田哲也さんなど7人の書き下ろし小説を電子書籍として発刊。さらに同年11月には、7人のうちの1人、藤井清美さんの『#ある朝殺人犯になっていた』を紙の書籍として、初めて刊行しました。
今後もオリジナル作品を電子書籍で提供した後に、一部の作品を紙の書籍として刊行していく予定です。同社で出版事業を担当するマイケル・ステイリー氏にU-NEXTが出版事業を手がける狙いやその編集方針、さらには氏の経歴について話を伺いました。
マイケル・ステイリー氏
1976年生まれ、44歳。コロラド大学ボルダー校および同大学大学院出身。2001年に講談社インターナショナルに入社。外国人向け日本語教材、日本文学の編集を担当。2013年に同社を退社後、角田光代さん、柳美里さんらの海外出版エージェントとして活動。2014年に、アマゾンジャパンに入社、Kindle Singlesの立ち上げを担う。2019年にU-NEXTに転職。現在、書籍・電子書籍の編集を担当。
―― まずはU-NEXTがこれまで取り組んできた電子書籍の事業について教えてください。
動画配信サービスを展開している弊社は、2014年から電子書籍の販売事業を開始しました。2019年1月には、この電子書籍サービスを動画配信アプリに組み入れて、動画も電子書籍も一緒に楽しめるサービスにリニューアルしました。
映像と電子書籍を一つのサービスとして提供した狙いが奏功し、映画の公開やTV放送に合わせて原作の電子書籍が売れています。2020年10月時点の電子書籍の売上は、リニューアル直後の2019年2月と比較して4.9倍に伸長し、取り扱い点数も57万点に拡大しています。
―― 今回、動画配信サービスを手がける御社が開始した出版事業について教えてください。
2020年8月17日に、町田康さん『令和の雑駁なマルスの歌』、誉田哲也さん『六法全書』、藤井清美さんの『#ある朝殺人犯になっていた』などの書き下ろし小説7作品を電子書籍で独占先行配信を始めました。これらの作品は、定額制動画サービス内の「読み放題」コーナーで提供しており、U-NEXTの月額会員(月額1,990円)であれば、すべての作品を閲覧することが可能です。
オリジナル作品は年間約20点のペースで先行配信していきます。その後、1〜3か月を目処に、KindleストアやApple Booksなど他の電子書籍プラットフォームへの提供も始めます。それと同時期に、その中の4~5点(年間)の作品を紙の書籍としても刊行していくという流れになっています。
▲読み放題で提供を開始したオリジナルの7作品
動画見放題サービスの付加価値向上へ
―― 月額1,990円の定額制動画サービスに、電子書籍の読み放題を付加した理由は何ですか。
定額制動画サービスとして、私たちは他社のサービスと比べて倍近い料金です。弊社としては月額プランの付加価値を高めてサービスの質を上げていくという方針の下、これまで最新映画や見放題対象の作品を増やしてきました。動画サービスでありながら電子書籍を配信するというのは、その第2ステップと位置付けています。
電子書籍の取り扱い点数は他サイトと同程度にまで増えてきましたが、独自の作品はありませんでした。そこで、オリジナルの作品を開発し、月額プラン内でオリジナルの電子書籍が読める読み放題サービスを提供することで、さらに付加価値を高めようと考えたのです。
―― 電子書籍に加えて、紙の書籍も発刊していく理由は何ですか。
U-NEXTの会員は200万人を突破し、1/4が電子書籍を使ってくれていますが、作家さんはU-NEXTの会員だけではなく、広く読者に読まれたいと考えています。私自身も多くの読者に届けたいという気持ちは一緒です。我々が先行配信はしますが、その後は他の電子書籍プラットフォームにも配信します。とはいえ、電子書籍を読んでいるのは読者の一部。できるだけ多くの人に読んでもらうために、紙の書籍も出版していくことにしたのです。
日本で約20年、編集者として活躍
―― これらオリジナル作品を出版するために、ステイリーさんは事業開始1年前の2019年にU-NEXTに招聘されたのですね。それまでの編集者としての経歴を教えてください。
日本の出版界との関わりは20年前、講談社インターナショナルに入社したのが始まりです。そこで10年以上、日本語書籍の英訳の編集作業をしてきました。その後は、講談社の学芸局で働きながら、自ら著作権エージェンシーを立ち上げ、角田光代さんなど日本の作家の出版エージェントとしても働いていました。それから、アマゾンジャパンからオファーがあり、海外で展開していたKindleストアの短編作品コーナー「Kindle Singles」の日本版の立ち上げに参画し、作品の調達と編集をしました。
―― 角田光代さんのほか、どのような作家さんと仕事をされてきましたか。
講談社インターナショナルからアマゾンジャパンまで、たくさんの作家さんとつながりができました。角田光代さんはもちろん、吉本ばななさん、森絵都さん、伊坂幸太郎さん、乙一さんの5人の作品をたくさん読みました。その中でも、角田光代さんの『八日目の蟬』と伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』、乙一さんの『ZOO』は憑かれたように読みました。
―― U-NEXTにはどのような経緯で。
アマゾンジャパンに4年超勤めているうちに、長編作品を編集・出版したいと思っていたところ、あるエージェントの紹介でU-NEXTの堤天心社長と会いました。堤社長はオリジナルコンテンツを制作する出版機能を持ちたい、それらコンテンツを映像化にまでつなげたいという熱い思いを話されていました。それを非常に魅力的に感じて、U-NEXTの出版事業の立ち上げに尽力することを決めたのです。
―― 電子書籍から紙の出版、さらには映像化と一気通貫でコンテンツを提供するのがU-NEXTの戦略ですか。
そうですね。オリジナル作品の映像化は視野に入れていると思います。ただ、今は具体的にドラマ化や映画化が決まった作品はありません。
―― オリジナル作品について話を戻しますが、読者ターゲットや出版ジャンルといった編集方針についてはどのようにお考えですか。
U-NEXTは文芸誌ではないので、読者層ははっきり決まっていません。このプラットフォームにはいろいろな年齢の人、いろいろなバックグウランドの人が集まっているので、あえてターゲットやジャンルを限定しません。
むしろ、一人ひとりの編集者のセンスの問題によりますね。私なりのセンスで、迫力ある文芸作品、読み出したら止まらないエキサイティングなエンタメ小説、エンタメ的なノンフィクションといったジャンルの読み物を出していきたい。どういう作品を世に出すか、その判断はすべて私に一任されています。
もしかしたら、これから出版する本の作家さんは、U-NEXT会員の主要層の20~30歳代には人気がないかもしれません。ただ、読み放題なので、若者が試しに読んでくれる可能性もあります。そうやって読者を増やしていくことはできると思っています。
―― 紙の出版としては第1弾となる藤井清美さんの書籍の売れ行きはいかがでしょうか。
思ったよりも事前注文が集まりました。アマゾンにもレビューも上がっており、ツイッターを見ても書店員が読んでくれて、盛り上げてくれています。これからも順調にいくと予想しています。
- #ある朝殺人犯になっていた
- 著者:藤井清美
- 発売日:2020年11月
- 発行所:UーNEXT
- 価格:1,760円(税込)
- ISBNコード:9784910207025
韓国・若手作家の翻訳作や秋吉理香子さんの家族小説も
―― 2021年1月に刊行される『みんな知ってる、みんな知らない』は、韓国の作家、チョン・ミジンさんの作品の翻訳出版ですね。
日本国内の作家だけでなく、翻訳出版も刊行計画に入れています。海外では人気で日本ではまだ発刊されていないホットなコンテンツを調達して、和訳で刊行していきます。その第1弾が、韓国でデビューしたばかりの若い女性作家チョン・ミジンさんのサイコサスペンスです。すでにU-NEXTでは読み放題で提供しています。ぜひご覧ください。そのほか、タイトルは言えませんが、アメリカからもコンテンツを調達中です。
- みんな知ってる、みんな知らない
- 著者:チョン・ミジン ピョン・ヨングン カン・バンファ
- 発売日:2021年01月
- 発行所:UーNEXT
- 価格:1,760円(税込)
- ISBNコード:9784910207032
―― 1月以降の展開ですが、どのような作家の作品が出版される予定ですか。
まず、2021年3月には秋吉理香子さんの家族小説を刊行します。『息子のボーイフレンド』というタイトルから想像されるとおり、ゲイの高校生が主人公の物語です。ミステリーをメインに執筆されている秋吉さんにとって、転機となる作品だと思います。
また、2021年末には、大藪春彦賞を受賞した柴田哲孝さんの、日本とベトナムを舞台とした長編書き下ろし作品を出版する予定です。さらに、新型コロナウイルスが落ち着けばですが、高野秀行さんの新しいノンフィクションを出す予定になっています。
―― 最後に読者に伝えたいメッセージをお願いします。
動画配信のU-NEXTですが、電子書籍もあります。動画も電子書籍も両方楽しんでいただくために、サービス内で読み放題作品を目立たせるよう工夫も凝らしています。今後も、読みだしたら止まらない、感動する作品を一生懸命、調達し、丁寧に編集して世の中に提供していきます。U-NEXT内で読み放題でご覧いただくことに止まらず、ぜひU-NEXTが発信するオリジナル作品を手に取ってもらえるとうれしいです。