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光文社が満を持して本格的コミックレーベル「熱帯COMICS」を立ち上げ|「読者が“私のための場所”と感じてもらえるように」

コミックレーベル「熱帯COMICS」1

光文社が満を持して本格的なコミックレーベル「熱帯COMICS」を立ち上げました。自社の強みでもある時代小説文庫のコミカライズに加え、まだ世間に知られていないが確かな画力をもつ実力派と、新人漫画家の連載作品に注力しています。

作品はWebサイト「COMIC熱帯」に連載され、PV数のみを判断基準にせず、紙の単行本化までしっかり伴走する方針で、11月にはレーベル初の単行本が2点発売されます。「COMIC熱帯」を立ち上げた光文社の文庫編集部の吉村淳さんに話を聞きました。

 

テーマは「もう一度、読みたくなるWeb漫画サイト」

――光文社でコミックレーベルが立ち上がった経緯はどのようなことでしょうか。

 私は2020年11月末までリイド社で時代劇専門の漫画雑誌「コミック乱ツインズ」などを編集・製作していました。その時に光文社から刊行されている時代小説の原作をお借りして、上田秀人さん、坂岡真さんらの連載をコミカライズしていました。その担当者とやり取りしている中で、光文社がコミック媒体を立ち上げたいという話があり、私が転職し、レーベルを立ち上げることになりました。

光文社の強みは、原作となる小説の力があること。中でも、それを生かした時代劇のコミカライズを立ち上げることができます。それだけではなく、漫画に本気で取り組むことを示すためには、オリジナルの作品も必要となります。一般読者から見ても後発レーベルですので、何を軸にするかを考えたとき、時代劇は原作の強みをアピールすること、そして一般向けはジャンルを絞らず、エッジの効いた作品を作ること決めました。現在、異世界転生モノや少しエッチな作品が売れやすい傾向にありますが、後発の私たちにとって、そこには勝ち目がないと判断しました。

「COMIC熱帯」のテーマは、「もう一度、読みたくなるWebマンガサイト」です。何度もサイトに来て読みたくなるような、時間をかけて長く楽しめる物語を多く作ることに軸を置いています。ターゲットは20代後半から30代の男性がメインです。

コミックレーベル「熱帯COMICS」2

(現在連載中のタイトル。時代小説のコミカライズやオリジナルのSFなど、ジャンルを限定せずに「個性的で面白い」作品を掲載している)

――今年の6月から連載はスタートしていますが、どのような作家さんにお声がけしたのですか。

『グレイト トレイラーズ』の宮川輝さんはベテランです。『2番セカンド』の小木ハムさん、『終わるセカイの修学旅行』のstudio HEADLINEは、Webを中心に作品を発表していた、新進気鋭の作家さんです。

最近、SNSの拡散力が高く、フォロワーの多い作家さんに目がいってしまいがちですが、私はできる限り、実力はあるけれどまだ注目されていない作家さんを探しました。声かけしているなかで、「PV数でその後の連載継続について判断しない」ことを伝えました。すぐに連載を終わらせるようなことはせず、こちらが責任をもって単行本を出す。10万部、20万部出せるとは言えませんが、長く続けられるほうが作家さんも安心して制作に取り組めると考えています。

――昨今、Web漫画はアプリで課金して配信するのが主流ですが、無料で読める形態にしたのはなぜですか。

いま漫画の配信といえばアプリなのかもしれませんが、アプリは作品がたくさんあってこその、アーカイブビジネス用のモデルだと思っていました。このサイトの方向性とは違うので採用しませんでした。まずは「COMIC熱帯」のサイト上で無料で読んでもらい、その後の単行本や電子コミックでの展開で利益を出せるように考えています。

連載は紙のコミック単行本で刊行します。作家さんも単行本で作品が出ることに大きな意義を感じていらっしゃいます。一方、電子コミック市場はすごく伸びているので、そこは無視せず収益を作者さんに還元していきたいです。

 

「『COMIC熱帯』から出る単行本はかっこいい」と思われたい

――11月に発売されるレーベル初のコミック『2番セカンド』と『グレイト トレイラーズ』についてお聞かせください。

『2番セカンド』は、Webに個人で投稿されているのを偶然発見し、「これだ!」と思いました。吃音の少年が野球を通じて社会と接点をもって成長していく物語です。

彼の両親は上手くしゃべれないことを責めたりしないけれども、見守ることしかできず、結局は本人にすべてが任されている。絶望するしかない状況の中で、ほんの少しの勇気と、人とのふれあいと思いやりの中で、少しずつ世界の扉は開かれるというメッセージがとても心に刺さると思います。彼を取り囲む大人たちも複雑な感情を持っていて、「大人らしく」振舞わなければいけない苦しみもリアルに描かれています。

2番セカンド 01
著者:小木ハム
発売日:2021年11月
発行所:光文社
価格:770円(税込)
ISBNコード:9784334980610

吃音の少年が野球と仲間を通じて「世界」へ踏み出す勇気と思いやりの物語ーー。
言葉がつかえて上手にしゃべれない吃音の少年・あずきは、周囲から孤立し、やがて不登校になった。
そんなあずきを孤独の闇から救ったのはプロ野球選手の向井信次郎。どんなブーイングや逆境にも負けない彼の背中と言葉を信じ、あずきは、外の世界へと踏み出していく。

(熱帯COMICS『2番セカンド(1)』より)

『グレイト トレイラーズ』は、世界規模の大災害で荒野となった日本を舞台にした作品ですが、逆境の中でも人々が強く生き抜き、疾走するサバイブSF作品です。そこに「機械動物」といった架空のメカが出てくる。『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の太田垣康男さんにいただいたコミックの推薦文には、「ニューウェイブ漫画の継承者」と書かれています。30代から50代が待ち望んだ壮大な世界観の作品です。宮川さんの作品は海外にもファンが多く、SNS上で海外ファンからも「great」と感想が届いています。

グレイトトレイラーズ 1
著者:宮川輝
発売日:2021年11月
発行所:光文社
価格:770円(税込)
ISBNコード:9784334980603

荒野×少女×機械動物、世界の復興と覇権をかけた崩壊と希望のサバイブSF!!
世界規模の大災害から9年。新たな世界の覇権をめぐり各勢力が激しく争う中、身体改造された青年・ナオキは機械動物「カムイ」を駆る少女と出会う。
救世主と呼ばれるその少女・ヒナコを守ろうとするナオキ達に大陸系の巨大ワーム型動物機械、火星のカラス型動物機械が容赦なく襲いかかる……。
緻密な描き込みで描かれる人類の存亡をかけた戦いに注目!

(熱帯COMICS『グレイト トレイラーズ(1)』より)

――そのほかの作品で単行本化が進んでいるものはありますか。

発売は来年の予定ですが、『終わるセカイの修学旅行』は週末世界の物語で、女子高生と火星人ギャルという、いままで見たことのないコンビのロードムービー的な展開が魅力です。2人のハイテンション&クールな温度差のある掛け合いと、時に切ないストーリーから目が離せません。

作者のstudio HEADLINEは漫画制作集団。ほかの媒体で『魔女ノ結婚』も連載していますが、その作画とネームは『終わるセカイの修学旅行』とは別の方が担当していて、とても面白い取り組みをされています。

――漫画ジャンルは各社のレーベル間の競争がかなり激しいです。「熱帯COMICS」が差別化できるところはどこでしょうか。

先ほどの「単行本を出す」ことにも関係しますが、手元に置いておきたくなる作品を作っていきたいです。画力の高い作家さんに描いていただいているので、書店さんにも「『COMIC熱帯』から出る単行本はかっこいい」と思われたいですね。それは絵柄だけではなく、立ち位置という意味でもです。『2番セカンド』の小木ハムさんは、ナイーブで難しいテーマを選んでいます。それでも作品を描ききって世に伝えなければならないと奮闘しています。そういう姿も含めての“かっこよさ”です。

――連載はこれからどれくらい増えていきますか。

来年の夏までに10作品は立ち上げたいと考えていて、現在、3つの新連載が進んでいます。こんなに表現力があるのに世に出ないのはもったいない、という方はたくさんいます。「COMIC熱帯」からデビューして他社から引く手あまたになればすごく嬉しいですね。

――「COMIC熱帯」を立ち上げて半年ちかくになります。読者の方にメッセージをお願い致します。

日々、編集していて感じるのは、暗い世の中だとしても、『グレイト トレイラーズ』のように世界が崩壊しかけても希望があり、『2番セカンド』のようなつらい状況であっても同様に、とても小さな一歩が何かを動かすきっかけになる、ということです。それは作家さんの気持ちでもあるかもしれません。

私自身、中高一貫校にいたときに漫画しか楽しみがない時期がありました。でも、漫画に現実逃避をしている中でも、将来を決定づけるような“何か”があったりするかもしれません。「COMIC熱帯」の中に、そういう“何か”を見つけてくれたらと思います。

数多くある漫画サイトのなかで、ひょんなきっかけで「COMIC熱帯」にたどり着いた人が「ここは私のための場所かもしれない」と思って、くつろいで楽しんでくれたら嬉しいです。