人間を完全にコントロールして殺人をさせることは出来るのか? この難題に挑む工学部の怪人・鬼界が暗躍する新鋭の連作ミステリ!
1979年に創設された小説推理新人賞は、国産のミステリ新人賞としては江戸川乱歩賞に次ぐ歴史があり、大沢在昌、本多孝好、大倉崇裕、湊かなえと錚々たる作家を輩出しているが、この賞からまた一人、新たな才能が登場した。
松城明は「可制御の殺人」で2020年度の第42回小説推理新人賞の最終候補となった。惜しくも受賞は逸したものの、選考委員のひとり長岡弘樹氏の強い推薦があり、候補作を書き継いで連作長篇に仕上げたという。
著者は同年の第30回鮎川哲也賞でも最終候補に残っているし、別名義でジャンプ小説新人賞も受賞しているから、才能のあるひとなのだろう。気になっていたところに、本書のゲラが届いたので、さっそく表題作の「可制御の殺人」を読んでみた。
Q大学工学部の大学院生・更科千冬は、同学年の白河真凜を殺そうと決心する。成績でも恋愛でも敗れているのに就職先の推薦の希望まで同じとあっては、もはや彼女に勝てる機会はない。殺すしかない……。
シチュエーションの組み立て方、工学部の学生らしい犯行計画から、その思わぬ破綻に至るまで、倒叙ミステリとして実によく出来ている。伏線の張り方も巧い。
だが、Q大の謎の学生・鬼界の登場で、物語の様相は一変する。彼は人間を一つのシステムと考え、適切な情報を与えることで、その行動を自由にコントロールする研究を行っているという。登場人物たちを背後から操る彼は(作中である学生が指摘するように)神のようでもあり、すべてを整然と解説する様は名探偵のようでもある。
人間の行動をそれと知られないように陰から操って、相手を破滅させる、または犯罪を犯させる、というのは、ミステリの古典的なパターンの一つで、例えば江戸川乱歩の初期短篇「赤い部屋」や山田風太郎の日本探偵作家クラブ賞受賞作「眼中の悪魔」、エラリー・クイーンの代表的な長篇といった作例が、ただちに思い浮かぶ。
近年では「操りテーマ」という分類がなされているこのスタイルに、制御工学という理系の知見を組み合わせた点が、この作品のミソだろう。著者の経歴を見ると九州大学大学院工学府卒とあるから、納得のアプローチといえる。
鬼界の操る大学生たちの人間模様は第2話以降も複雑化して、ついには意外な結末を迎えることになる。新人離れした筆力と構成力のデビュー作である。
- 可制御の殺人
- 著者:松城明
- 発売日:2023年08月
- 発行所:双葉社
- 価格:880円(税込)
- ISBNコード:9784575526837
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて著者・松城明さんのインタビューが公開されています。
著者・松城明さんのインタビュー記事はこちら
『小説推理』(双葉社)2022年5月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載