吉川英梨の新たな警察小説シリーズが開幕した。訳あってマル暴刑事に復帰した桜庭誓(さくらばせい)。暴走する彼女は、刑事の道を踏み外し、闇落ちしてしまうのだろうか。
公安警察小説「十三階」シリーズの吉川英梨が、新たな警察小説シリーズを開始した。
ヒロインの桜庭誓はマル暴の刑事だったが、同じ課の賢治と結婚して退職した。しかし警視庁組織犯罪対策部が改変され、暴力団対策課が誕生した2022年4月1日、賢治が何者かに銃撃され、誓はその場面を近くで目撃する。かろうじて命は助かったが、下半身不随になった賢治。夫が内偵中だった向島一家の仕業だと思った誓は、一家の総長の向島春刀と会い、啖呵を切った。
その後、警察の捜査により、賢治を銃撃したのは、花岡亨という元ヤクザと判明。しかし花岡は捕まらず、背後関係も分からないままだ。賢治の仇討ちをしようとする誓は、再採用によりマル暴刑事に復帰。警視庁初の女性マル暴刑事で、賢治の相棒だった藪哲子(やぶあきこ)とコンビを組む。そして渋谷のビルの爆破火災事件が、暴力団絡みと確信し、独自の捜査を進めていくのだった。
と、粗筋を書いてみたが、いろいろと大切な情報が零れてしまった。まず物語の背景には、日本最大の特定指定暴力団吉竹組の分裂騒動がある。吉竹組は、矢島勇と進という一卵性双生児の兄弟が組長をしているが、いろいろ歪みが出ているようだ。その分裂騒動の鍵を握るのが、向島春刀である。向島一家は吉竹組系列だが、勇と進のどちらにもつかず、今のところ中立を守っている。さらに春刀は左腕がなく、背中に浮世絵師・月岡芳年の無惨絵の刺青を背負っている。また、誓の父親で、大阪府警の伝説のマル暴刑事といわれた桜庭功と、なにやら因縁があるらしい。
このような設定に乗って、誓が躍動する。夫の仇を求めながら、春刀に惹かれていく誓は、なにかと暴走する。そんな誓が闇落ちするのではないかと、哲子と一緒になって読者もハラハラしてしまうのだ。
もちろん、渋谷の事件の展開も、大きな読みどころだ。捜査本部の方針に逆らい、独自の捜査を続ける誓と哲子は、次々と意外な事実を突き止める。東京での抗争を阻止しようとしている春刀の動きも、重大な意味を持っている。さまざまな人物と勢力が入り乱れた一連の事件の真相に、驚いてしまうのである。
さらに本書は、愛の物語でもある。詳しくは書けないが、偽りの愛情と本当の愛情が、誓をハードな状況に追いやる。今後、彼女がどうなるのか。シリーズ第2弾の刊行が、待ち遠しくてならないのだ。
- 桜の血族
- 著者:吉川英梨
- 発売日:2023年08月
- 発行所:双葉社
- 価格:1,925円(税込)
- ISBNコード:9784575246605
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて著者・吉川英梨さんのインタビューと、『桜の血族』の試し読みが公開されています。
『小説推理』(双葉社)2023年10月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載
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