『みんな蛍を殺したかった』。タイトルからしてショッキングなこのマンガ、冒頭のページから心がザワッとしました。
線路の脇に落ちている、切断された右手。その手に握りしめられた折りたたみ式のガラケーには、七瀬蛍(ななせ・ほたる)が親友へ送ろうとしていた「私を殺してくれて、ありがとう」という未送信の文字が残されていました。
蛍に一体、何があったの? なぜ蛍は、殺されたのに感謝するの?
そんな疑問を抱えて読み進めましたが、謎は深まるばかりでした。
父親の死後、優しかった母親から虐待を受け続けている高校生の猫井栞(ねこい・しおり)。2年前に負った顔の傷が原因で声を発することができず、年中マスクをつけています。
そんな栞の前に現れたのが、色白で可愛くて、眩しいくらいに光っている転校生の蛍でした。

栞にとって、誰の目も気にせずにいられる唯一の場所は、部員が3人だけの生物部。生物部とは名ばかりで、栞は二次創作の小説を書き、大川桜は乙女ゲーム好きのゲーマー、五十嵐雪はあまり上手とはいえない漫画を描いている、いわばオタクの巣窟です。
そんな生物部に、入部したいとやって来たのが蛍でした。

いやもう、怪しすぎますよね。
スクールカーストの底辺にいる栞たちとは違い、美しく華やかな蛍は、どう考えてもこの部には釣り合いません。蛍の狙いは一体何なのか。
桜も、蛍は本当はオタクではないのではないかと疑い始めます。


確かに、家族写真を携帯電話の待ち受けにしている女子高生というのは、かなり珍しい気がします。
これは何かの伏線なのだろうと、私の中でも勝手に推理が始まります。
さすが、イヤミス(読後に嫌な気分になるミステリー)の名手、木爾(きな)チレン先生の原作です。
さらに瀬戸さとみ先生の絵によって、その世界が具現化されています。
特に印象的なのが、2006年という時代背景と女子高生たちの描写です。
ルーズソックスに、パンツが見えそうなほど短い制服のスカート、そこに萌え袖のカーディガン。カラオケで歌うのは浜崎あゆみで、折りたたみ式やアンテナ付きの携帯電話も懐かしい。
一方、人物たちの影のある表情からは、不穏な空気が漂います。
そんな中、蛍は一人だけ発光しているように見えます。蛍が美しく、眩しく描かれるほど、なぜか怖さが増していくのです。
物語はまだ、蛍が何者で、なぜ生物部に入ったのかを明かしてくれません。
むしろ、栞、雪、桜が抱えている心の闇が、それぞれのエピソードを通して少しずつ明らかになっていきます。
栞は、内緒で書いている二次創作の世界では「神」と呼ばれている人気作家。
ある日、蛍から栞の書く小説を読んでみたいと言われ、新しい小説を書こうとします。ところが、思い浮かぶのは百合小説ばかり。
この感情が、後にどんな問題を引き起こすことになるのか。



また、太っていることをクラスメイトからバカにされている雪が、毎日お弁当を二つ持たされている理由は、心をえぐられるような話でした。
そんな闇を抱える雪の心に、蛍はスルスルと入り込んでいきます。それが雪を救おうとしているようにも見えるからこそ、逆に怖い。
この作品に描かれているのは、単にオタク女子たちと美少女転校生の話ではありません。
容姿や家庭環境に傷つき、現実の世界に居場所を持てない少女たちの、「誰かに愛されたい」「自分を認めてほしい」という切実な願いです。
蛍は、傷ついた少女たちを救う天使なのか。それとも、彼女たちの中に隠されていた欲望を引きずり出す悪魔なのか。
その疑問こそが、この物語から逃げられなくなる罠なのです。気づけば私も、早く続きが読みたくてたまらなくなっていました。
(レビュアー:黒田順子)
- みんな蛍を殺したかった 1
- 著者:瀬戸さとみ 木爾チレン 紺野真弓
- 発売日:2026年08月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065447826
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※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2026年9月10日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。

