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作家生活30周年 森絵都さん『あしたのことば』インタビュー:つかみどころのない「言葉」をさまざまな角度から照らす

森絵都さん『あしたのことば』mein

1990年に『リズム』でデビュー後、『カラフル』『DIVE!!』などの児童文学で高い評価を得る一方、TVドラマ化された『みかづき』や直木賞受賞作『風に舞いあがるビニールシート』で読者の幅をぐんぐん広げてきた森絵都さん。森さんの書いた物語を読んで育ち、大人になった今も森さんの小説に励まされているという人は多いことでしょう。

そして「森絵都 作家生活30周年」を迎えた今年、11月17日(火)に、『あしたのことば』という短編集が小峰書店から発売されました。

『あしたのことば』は、30年間第一線で活躍し続けてきた森さんが、作風も題材もさまざまな「言葉」にまつわる物語を綴ったもの。まだまだこれからたくさんの言葉に出会うであろう子どもたちの、言葉の世界をぐっと広げるような、そして一つひとつの言葉を大切にしたくなるような、8つのお話がおさめられています。

今回は森絵都さんに、本作についてだけでなく「言葉」や「物語」についても、メールインタビューでお聞きしました。

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森絵都(もり・えと)
1968年東京都生まれ、早稲田大学卒。1990年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。1995年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、1998年『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で路傍の石文学賞、『つきのふね』で野間児童文芸賞、1999年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞を受賞した。2006年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞を受賞。2017年『みかづき』で中央公論文芸賞を受賞、本屋大賞第2位。ほか、著書に『永遠の出口』『ラン』『出会いなおし』『カザアナ』などがある。

 

――「30年書き続けてきた」ということに対して、これまでを振り返って、今の率直なお気持ちをお聞かせください。

あまり遠くは見ずに目の前の一作一作と向き合っていたら、いつのまにか30年も経っていました。子どもの本を書いたり、大人の小説を書いたり、ノンフィクションをやってみたり、その時その時やりたいことをやってこられたのは、周囲の方々にも恵まれてのことだと思います。ありがたいです。

ただ、30年もやってきたわりに長篇小説の数が少ないのは、作家として不甲斐ないです。まだまだこれからですね。

―― 30年間に、子どもをとりまく環境は大きく変化してきたと思います。物語を書くうえで、意識に変化はありましたか。

子ども自身の捉え方や描き方については、30年前も今もあまり変わっていない気がします。ただ、子どもたちの背景にある家庭に思いを馳せた時、昔ほどシンプルではない、というのは意識しています。

社会的格差が広がり、ひとり親家庭も増えました。不幸の形も幸せの形も多様になった今、「一家団欒が一番」みたいな単純な価値観をベースにした物語は書けません。

―― 私自身、子どもの頃は小さな出来事で喜んだり深刻になったりしていたのが、大人になるにつれ、できるだけ悩まないように、傷つかないようにと“殻”が硬くなっているのを感じます。森さんは子どもたちの物語をたくさん書いてこられましたが、感受性のやわらかさを、どうやって保っていますか。

子どもの頃は、学校から配られたプリントをなくしてしまっただけでも憂鬱になりましたし、友達とのささいなケンカが日々の明暗を左右しました。先生に叱られて学校を休みたくなったり、逆上がりができなくて自己肯定感がガタ落ちしたり。私も今は大方のことを割りきれるようになって、誰に何を言われてもほとんど気にしなくなりましたが、子どもを描く時には「小さなことが大きかった」当時に立ち返ろうとはしています。

たとえば10歳の子を描く際には「この子はまだ10年しかこの世界に生きていない」という事実を忘れないようにしています。10年って、すごく短いですよね。

―― 節目の年に「ことば」をテーマにした物語を書かれたことに、大きな意味を感じます。今、あらためて「ことば」というものをどう捉えていらっしゃいますか。

30年間も言葉とつきあってきたのに、今もなお言葉は私にとってつかみどころのないものです。多くの言葉を手に入れて、それを自在に操れることができれば、人生はきっと数段豊かになる。そう確信する一方で、本当に何もかも言葉にしなければならないのか、大事だからこそ口に出さない思いもあるのではないか、と惑っている自分もいます。そうした「惑い」や「揺れ」が、今回の8作にも表れていると思います。

たとえば、「あの子がにがて」の水穂は言葉によって解放されますが、「富田さんへのメール」の美里は逆に言葉に縛られます。「帰り道」の周也は言ってしまった言葉、「遠いまたたき」の主人公は言えなかった言葉を後悔します。

「言葉とはなんぞや」という答えを求めるよりも、そうしてさまざまな角度から照らしてみることで、一筋縄ではいかない言葉というものの多彩さを編みこむことができたらと思いました。

 

▼「あの子がにがて」(絵:赤)

森絵都さん『あしたのことば』anoko

 

▼「富田さんへのメール」(絵:長田結花)

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▼「帰り道」(絵:しらこ)、「遠いまたたき」(絵:植田たてり)

森絵都さん『あしたのことば』kaeri_matataki

――『あしたのことば』は、8作の物語と8人のイラストレーターによるコラボも楽しめる一冊です。物語と同じく、色合いやタッチも実にさまざまですね。

最初に各話すべてを別々のイラストレーターさんに描いていただく案を聞いた時、「そんなことできるの?」とにわかには信じられなかったのですが、実現した今でも本当に夢のようです。一枚一枚、完成した絵を見せてもらうたび、各物語の世界に私自身も吸いこまれていくようでした。

とくに見開きのカラーはどの絵も圧巻でした。正直、短編集って長編に比べると地味な存在なのですが、今回はイラストレーターの皆さんのおかげでキラキラとまばゆい短編集になりました。

―― 子どもたちと、子どもを見守る大人たちへ、最後にメッセージをお願いします。

人間は誰しも多かれ少なかれ、言葉に振りまわされて生きていると思います。言葉に傷つき、そして言葉に癒やされる。人生はそのくりかえしかもしれません。『あしたのことば』に収めた8作のどれかが、言葉で苦労している誰かの心に響いてくれたらと切に願っています。

 

『あしたのことば』収録作はこちら

「帰り道」(絵:しらこ)
「どっちも好きってのは、どっちも好きじゃないのと、いっしょじゃないの」――友達同士で他愛のない話をしていた昼休み、周也の発したなにげない言葉が、律の心を鋭く貫いた。家が近所で、小4からよく一緒に登下校してきた2人。でも今日の帰り道は、はてしなく遠く感じられる……。
光村図書の教科書『国語6 創造』に掲載された一編。

「あの子がにがて」(絵:赤)
5年2組でいちばん髪が長くて、足もすーっと長くて、肌もつるつるで、やたらおしゃれなあの子。男子からは「クールビューティー」なんて言われてるけど、私はあの子がにがてだ。
そしてある時、ずっと渦巻いていた感情がついに爆発してしまった。これって、どうすればいいの?

「富田さんへのメール」(絵:長田結花)
自分のせいで負けてしまった学校のソフトバレー大会。試合の後、クラスの皆はわんわん泣いていたけれど、自分は泣いてはいけない気がして、輪から離れて一人で歩いていた。そんなとき、キャプテンだった冨田さんが近づいてきて囁いたのは……。

そのほか
「羽」(絵:早川世詩男)
「こりす物語」(絵:100%ORANGE)
「遠いまたたき」(絵:植田たてり)
「風と雨」(絵:酒井以)
「あしたのことば」(絵:中垣ゆたか)を収録。

装画は阿部海太さんが手がけています。

あしたのことば
著者:森絵都
発売日:2020年11月
発行所:小峰書店
価格:1,760円(税込)
ISBNコード:9784338319041