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「戦争が終われば帰れる」はずだった……中国に取り残され、日中米の陰謀に巻きこまれた元日本兵たちを描く冒険小説|『炎陽を撃て』上田早夕里

〈終戦〉とは何なのか。終わらない戦争の中で理不尽に抗う姿を描いた、圧倒的熱量の反戦小説

一九四七年六月。敗戦から二年近くが経つにもかかわらず、日本軍司令部と中国国民党軍の密約のため、加藤道雄軍曹はいまだ中国の山西省で共産党軍と戦っていた。

そんな時、坂木少尉と名乗る男が加藤に特命を言い渡す。軍事機密を持ったままチベットで行方不明となったアメリカ人科学者を捜索・奪還せよというのだ。このミッションを終えれば日本に帰れるという約束だけが支えだったが、事態は思わぬ方向に……。

チベットの首都ラサまでの旅の様子に、まず心を奪われた。ラバとともに進む狭い崖の道や湖畔での野営。振る舞われるバター茶。だが、雄大な自然や牧歌的な場面に酔うことはできない。彼らが持つ銃火器や血腥い体験の描写が、読者を現実に引き戻すのだ。そして彼らが捜すアメリカ人の持つ軍事機密が何であったかが明かされたとき、上田早夕里が何を書きたかったのかが、とてつもない熱量と重量を持って胸に迫ってきた。ああ、そこにつながるのか──。

八月十五日に戦争は終わっても、心に刻まれた戦争はいつまでも消えないという厳然たる事実がここにある。ここに登場する元日本兵たちはもちろんのこと、戦勝国であるアメリカ人兵にとっても、戦争はさまざまな傷を残したのだ。

なぜ殺し合わなければならないのか。彼らを「敵」と認定したのは誰なのか。著者持ち前の迫力あるアクションシーンや手に汗握る展開を楽しみながらも、頭の片隅にずっと悲しみや憤りが居座る。これはかつてない視点からの骨太な反戦小説だ。

ある人物が言う。「もう二度と、末端にいる人間を粗末に扱うような組織からの命令は信用しない」「戦争をせずに世界の均衡を保つのが政治家の仕事だろう」

戦後八十年を過ぎた今だからこそ伝える価値がある、「終わらない戦争」の物語である。いまだ断ち切れない過去に、我々はどう向き合うべきか。本書はあらためてそれを訴えている。

 

書誌情報

炎陽を撃て
著者:上田早夕里
発売日:2026年08月
発行所:双葉社
価格:2,640円(税込)
ISBNコード:9784575249149

※シリーズがあれば追加で入れる

 

試し読み、インタビュー

双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて、『炎陽を撃て』の試し読みが公開されています。

▶『炎陽を撃て』の試し読みはこちら

 

著者プロフィール

上田早夕里(うえだ・さゆり)

兵庫県出身。2003年『火星ダーク・バラード』で第4回小松左京賞を受賞し、デビュー。2011年『華竜の宮』で第32回日本SF大賞を受賞する。18年『破滅の王』で第159回直木賞候補、23年『上海灯蛾』で第12回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞する。その他の著書に『魚舟・獣舟』『リリエンタールの末裔』『深紅の碑文』『獣たちの海』『夢みる葦笛』『成層圏の墓標』『リラと戦禍の風』『ヘーゼルの密書』「播磨国妖綺譚」シリーズなどがある。

『小説推理』(双葉社)2026年10月号より転載