『桐島、部活やめるってよ』でデビュー、『何者』で戦後最年少の平成生まれ初の直木賞作家となり、『ままならないから私とあなた』『死にがいを求めて生きているの』など、今という時代と人間の内面を鋭く描いてきた朝井リョウさん。
10月7日(水)、そんな朝井さんの長編小説『スター』が発売されました。
作家生活10周年記念作品のうちの〔白版〕と銘打たれた本書。10周年の今思うこと、『スター』に込めた思いを朝井さんに綴っていただきました。
朝井リョウ
1989年、岐阜県生まれ。2009年『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2011年『チア男子!!』で高校生が選ぶ天竜文学賞、2013年『何者』で直木賞、2014年『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞を受賞。ほかの著書に『もういちど生まれる』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『死にがいを求めて生きているの』『どうしても生きてる』などがある。
変化する時代と、質と価値
子どものころ、毎朝届く新聞に関して、ひとつの楽しみがありました。それは、連載されている小説を探すことです。内容を楽しむというよりは「全国の家庭に毎日届くものに“小説”を書いている人がいる」ということに、幼少期の私は日々感動していました。
歳を重ね、書店で本を選ぶようなときも、新聞連載という文字が帯にあれば購買欲をそそられました。他の媒体で連載していてもそうはならないのに、新聞連載を経て単行本となった作品にはほぼ必ず“〇〇新聞連載”といった惹句が飾られます。それによって中身の品質の高さが担保されるとでも言うように。
というようなこともあり、朝日新聞から連載の依頼をいただいたときは、(夕刊だったので週に1度ではありましたが)新聞に自分の小説が掲載されるなんて、とひとつの夢が叶ったような感覚を抱きました。それが、デビュー10周年という節目の年に単行本を上梓できるようなタイミングだったことも併せて、何か小説家として一つ階段を上ったような感慨すら覚えました。
だけど今、特に私と同世代の人たちが毎日目にしているものは、新聞ではありません。新聞はいつしか、“全国の家庭に届くもの”ではなくなっていました。
執筆の準備を進めながら、私は、一体なぜ新聞連載をそこまで見上げていたのかと考えるようになりました。購読者数の多さ? その数が真実かどうかもわからないのに? 新聞という媒体への信頼感? その信頼感はどこから来ている? 需要? 人から求められていないものは素晴らしくないのか? そもそもどうして新聞連載の依頼が自分に来たのか? 自分の文章に金銭が発生しているのはなぜ?
私たちは、何をもって、“それ”にそこまでの価値を見出しているのか。
そんな違和感に、手を伸ばせば触れるような時代です。様々な分野において、“それ”が第一党のような顔をしていたのはなぜなのかと、立ち止まる日々です。
変化する時代と、質と価値。書きながら、このテーマは当初の想定を超えて広い範囲へ滲み出ていく問いだという予感が湧いてきました。自分自身を突き刺しながら、その切っ先が私の体の向こう側に広がる世界にもきちんと到達する。そんな実感がありました。
自己批判が伴うもの。本当は目を逸らしていたいこと。自分にとって不都合な問い。そのようなものは、特に様々な娯楽に溢れた今、自分から遠ざけようと思えばとことん遠ざけられます。だけど今回改めて、そのような要素が含まれるシーンほど筆が進むのだと思い入りました。そういう文章は、おそらく読みながら気持ちいいものではないだろうし、読者や社会に直接的にポジティブな影響を与えられないかもしれません。そういう読書は、日々生きているだけでネガティブな感情に触れやすい今、(自分が読者の立場のときも含めて)ますます遠ざけられていくのかもしれません。だけどやっぱり、どうせすぐに時代と共に移り変わってしまう自分なのだから、今の自分が書きたいことを逃さないようにしよう――そう再確認させてくれたという意味でも、『スター』は大切な作品となりました。
とはいえ、連載という形式上、エンターテインメントとして読み進められるよう展開や構成を考慮しました。そのような観点から「作家生活10周年記念作品〔白版〕」と謳っています。つまり、作家生活10周年記念作品はもう一冊、〔黒版〕が存在するということです。
『正欲』という長編が来春出版される予定です。そちらは書き下ろしということで、読み心地よりも思い切り書き心地に依った作品となります。あなたが2作とも手に取ってくださることを夢見て、11年目以降も書いていけるよう、精進してまいります。
- スター
- 著者:朝井リョウ
- 発売日:2020年10月
- 発行所:朝日新聞出版
- 価格:1,760円(税込)
- ISBNコード:9784022517197
「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」
新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した
立原尚吾と大土井紘。ふたりは大学卒業後、
名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。受賞歴、再生回数、完成度、利益、受け手の反応――
作品の質や価値は何をもって測られるのか。
私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか。朝日新聞連載、デビュー10年にして放つ新世代の長編小説。