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本を読むことは“幸せ”か?『嫌われる勇気』の岸見一郎さんに聞く、読書と生きること

岸見一郎さん

あなたにとって「本を読むこと」は、つらいことですか? 楽しいことでしょうか? なんとなく世の中には「本を読むことはいいことだ」という前提があるような気がしますが、読書というのは本当のところどんなもので、何が「つらい」と「楽しい」を分けているのでしょうか。

今回は、今年2月に初めて読書術の本を書き下ろした岸見一郎さんに、率直な疑問を投げかけてみました。

岸見一郎(きしみ いちろう)
哲学者。1956年京都府生まれ。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。専門の哲学と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的に執筆・講演活動を行なっている。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ともに共著/ダイヤモンド社刊)、『生きづらさからの脱却』(筑摩選書)、『人生を変える勇気』(中公新書ラクレ)、『幸福の哲学』(講談社現代新書)、『愛とためらいの哲学』(PHP新書)、『成功ではなく、幸福について語ろう』(幻冬舎)、『プラトン ソクラテスの弁明』(角川選書)など多数。

本をどう読むか
著者:岸見一郎
発売日:2019年02月
発行所:ポプラ社
価格:979円(税込)
ISBNコード:9784591162330

 

本が好きな理由と、8年かかった“遅読”の経験

―― 岸見さんは子どもの頃から本がお好きだったそうですが、どんなお子さんだったんですか?

あまり人付き合いのよくない子どもだったと思います。でも、著者との出会いは無害でしょう。面と向かって人と接するのと違って、嫌なことも言われないし(笑)。だから本を読むときって、ありのままの自分で、著者と無意識に対話しているのです。それで、本のなかで出会う著者や登場人物との対話、関わりのほうが、現実世界よりも僕にとってははるかに面白かったのです。

その頃から、あれもこれもというより、好きな本をわりあい繰り返し読んでいたような気がします。それが、学生時代になると原語で読むようになったので、いよいよたくさんは読めなくなった。週に1回の読書会で、1冊の本を8年かけて読んだこともあります。8年もかけて読んだ本が役に立ったかというと、実用的な意味では役に立っていませんけれど、時間をかけてゆったり本を読めたこと、その著者とずっと関われた体験は、得難いものでした。

子どもの頃に話を戻すと、まだ小学校に上がる前に「英語の本が読みたい」と言って、中学校の英語の教科書をわざわざ取り寄せたこともあります。指導してくれる人がいなかったので全然ものにはならなかったけれど、“英語の本”というものに興味があったのです。

それから高校生のときには、受験勉強そっちのけで哲学の本を読んでいたので、担任の先生が僕の親に「岸見君に哲学の本を読ませないでくれ」と要請したこともありました。母親は「息子は好きで読んでいるので止めるわけにはいきません」と断ったそうですが。

―― このエピソードを聞いて、「なんて立派な子どもだろう」とうらやましがる親御さんが多そうですが……(笑)。私はよく「漫画なんて読んでないで勉強しなさい!」と親に注意されていました。

本を読む入り口として、漫画はとっかかりやすくていいのではないかなと思いますけれどね。私はあまり漫画は読まないのですけど、いつだったかふと『ガラスの仮面』を手に取ったとき、すごく面白くて夢中になって読みました。毎回ちょうどいいところで終わってしまうので、続きが気になって仕方がなくて。あとは『宇宙兄弟』も面白かったです。成長物語が好きなのかもしれません。

韓国ドラマの「ミセン―未生―」も面白かったですね。これも成長物語で、プロ棋士を目指して囲碁一本に打ち込んできたものの夢を諦めてしまった青年が、27歳にして会社勤めをすることになるというストーリーです。でも主人公には十分な学歴も社会経験もないので、満足にコピーも取れない。そんな彼が次第に成長していきます。ちょうど韓国語を勉強しているときだったので見てみたのですが、だんだん韓国語の勉強がドラマを見る言い訳になったりもして(笑)。「ミセン―未生―」は確か、漫画が原作だったと思います。こんなふうなことが、読書体験として得られるといいですね。

未生 1
著者:尹胎鎬 古川綾子 金承福
発売日:2016年06月
発行所:講談社
価格:1,210円(税込)
ISBNコード:9784063774863

でも英語にしたって哲学にしたって、親や先生に言われて勉強したのではないところが僕にとっては意味があるのです。

僕が哲学の本を読むようになったのは、倫理社会の担当教師に新約聖書の一節を教わったのがきっかけです。高校2年生のときで、それが初めて古代ギリシア語に触れた経験でした。それがギリシア哲学を学ぶことに繋がったわけですが、考えてみればそのとき、一緒に受けていた周りの生徒たちは哲学を学ぶ道を選びませんでした。

読書については「こちら側の準備」も必要です。おそらく高校2年生のそのときの僕は準備ができていて、先生が教えてくださったことと僕の側に準備があったこと、その両方があったから、哲学の本を読み、影響を受けることになったのだと思います。

 

本を読むこと自体は目的じゃない

―― なるほど、「準備」ですか。

受験や資格の勉強だと「タイミングが合わなかった」では済まないかもしれませんが、読書について言えば、よい本との出合いはいつ起きるか誰にもわからないし、焦らなくていいと思います。本を読むこと自体が目的ではないですから。

僕にとっての読書は、1人だったら思いつかなかったことを、本を読むことで思いつくことです。グライダーのようなもので、グライダーってまず高いところへ登らないと滑空できないでしょう。その助けになるのが読書です。

読む行為自体は地を這うような心地もするものですが、本を読むことで、それ以前は見えなかったことが見えてくるようになる。私は論文を書いたりするのでない限り、ノートを取りながら本を読んだり、読んだ本の内容や感想をまとめたりすることはありませんが、本を読んで思いついたことや、その喜びは書き留めています。本に書いてあることをそのまま受け入れるのではなくて、自分がそれまで持っていた考えと照らし合わせることが重要です。

―― ちなみに岸見さんは普段、読む本をどんなふうに見つけて手に入れますか?

書店だとだいたい行くところが決まっていて、書店もそうですけれど、僕はジャンルでいうと人文書の売り場に行きます。何フロアもある大きな書店だと、人文書の売り場はちょっとひっそりしたところにあるので、そういうところでゆっくりと本を選ぶのが好きですね。

あちこちの売り場を回るようなことはしませんが、それでも「こんな本があるのか」という思いがけない出合いがあるから、書店に行くのです。見識のある書店員さんが並べた棚は、参考になりますね。ネット書店がおすすめする“生成された関連書籍”は、言われなくてもわかるような知っている本ばかりで、そんなリストは見ても面白くないです。近くに書店がなくても本を手に入れられるのは便利ですが。

―― どういうふうに本と出合って、その本とどう付き合うかに生き方が表れるというのが『本をどう読むか』では語られているんですが、実はこの間「何を選ばなかったかを知るのも面白いよ」という話を聞いたんです。「もしかして、何を選ばなかったかにも自分が表れているのでは?」と思ったんですが……。

それは面白いですね。この本に『新日本少年少女文学全集』のことを書いたのですけど、佐藤春夫の本は何度も読み返しているのに、一方で一度も開かなかった本や、開いたものの読まなかった本もたくさんありました。なぜ食指が動かなかったのか、それを通して自分を分析してみるのも面白いかもしれません。

―― それでは最後に、読者の皆さんへあらためてメッセージをお願いします。

本を読むことを“幸せ”と呼ぶのは少し大げさかもしれませんが、少なくとも人生に退屈しないことは確かです。現実がどんなに苦しくても、本を読めば現実とは違う世界が待っていて、苦しさを忘れたり、生きる勇気をもらえたり、愉快な気持ちになったりできる。若い人がよく「何か面白いことない?」と言っているのを耳にしますが、ちょっとゾッとします。そういう人に「本があるよ」と伝えられたらいいなと思っていますし、ここに書いたような読書をしてほしいなと、特に若い方々に強く希望します。

本を読むこと、著者と対話することは、人生に強く影響します。本にも書きましたが、私と「生きること」や「幸せ」について議論したことで、会社を辞める決意をした編集者は今も後を絶ちません(笑)。

『嫌われる勇気』を担当した柿内芳文さんもそうでしたね。古賀史健さんと2人で僕のところへ何度も通って、毎回6時間以上激論を繰り広げるというのを、結局2~3年続けたでしょうか。『嫌われる勇気』はそうやってできた本ですが、最初はアドラー心理学のことをあまり知らなかった柿内君が一番ハマってしまった(笑)。そんなふうにして出版に向かって進んでいたのですが、あるとき連絡がパタリと途絶えたのです。僕はなんとなく予感がしていたので驚かなかったけれど、しばらくして「実は会社を辞めることにしました」と連絡がきて。結局『嫌われる勇気』は無事出版されたのですが、それまでの過程で柿内君の人生は変わったのでしょうね。

読書には人生を変える力があるから、できるだけそれが、自分が幸せになるほうへ向かってほしい。「自分の人生は自分で決められる」ということを、本を読むことは後押ししてくれると思います。