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「勝ち続けなければならない」という呪いが「うつ」を招く!?なぜ勝ち組の東大生がうつになるのか?

東大うつのバナー

「東大合格後、医療機関でうつ病だと診断されたことがある人」4.5%、「東大合格後、うつ病も含め、精神的な病気だと診断されたことがある人」11.3%、「東大合格後、医療機関に行ってはいないが、うつ病の傾向があると他人から言われたことがある人」18.6%--(『東大うつ』より)。

順風満帆の人生を約束されたかのようにみえる「東大生」。しかし、令和の現在、「うつ」という病が彼ら「東大生」に襲い掛かっているようです。

ここでは、まず「東大うつ」を発症してしまった人たちの事例を、具体的に紹介します。

中学受験から勝ち続けてきた人。数字を追うことが生きがいになっていた人。受験が楽しくて仕方がなかった人。親の期待に応え続けてきた人。社会に出て「東大」というラベルに傷つけられた人。親がいなくなった瞬間に人生のハンドルを失った人。そして、「勝ち続けなければならない」という呪いに囚われた人。

一人ひとりのケースを順に見ていくと、いくつかの共通点が浮かび上がってきます。

※本稿は『東大うつ』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです

 

Sさんのケース:「数字を追う人生」が突然、意味を失った

S1

S2

 

やった分だけ上がっていく楽しさ

現在も東京大学休学中のSさんです。Sさんは、いわゆる「優等生としての完成度」が早いタイプでした。小さいときから私立小学校に通っており、そこでは生活のリズムの中心に“学習”が組み込まれていたのだそうです。

朝、支度が終わったら軽い計算ドリル。帰宅後は宿題の前に「頭の体操」。夕食後には翌日の小テスト対策。どれも過酷ではないのですが、淡々と“正しい行動”が積み上がる日常でした。

親御さんは高学歴で、教育についての情報も早い。小学校の保護者同士の空気も、Sさんの家庭をさらに「勉強が当たり前」の方向へ押していきました。学校の行事のあと、保護者が立ち話をしているときに聞こえてくるのは、旅行の話よりも塾の話、習い事の話、次の模試の話。子どもの成績が、いつのまにか親同士のコミュニケーションの“通貨”になっている。Sさんのお母さんも、最初から闘志満々だったわけではないのに、気がつけばその空気の中で、少しずつアクセルを踏むようになっていきます。

Sさんはその期待に、きれいに応えていきました。低学年のうちから「やればできる」を繰り返し、テストの点数が良いと褒められる。褒められると、もっと取りたくなる。

さらに点数が上がる。こうして、Sさんの中に「数字を上げること=安心すること」という回路ができていきます。

第一志望の中学に合格したあとは、さらに分かりやすい世界になりました。校内順位、定期テスト、模試、クラス分け。努力すれば順位が動く。順位が動けば自分の価値が上がる。Sさんは、そこでほとんど迷いませんでした。むしろ楽しかったそうです。

「勉強って、スポーツみたいでした。練習した分だけ記録が伸びる。勝つと気持ちいい」
実際、学年トップに近い順位を維持していた時期もあったとか。また、友達と話すときも、スポーツの大会の結果を話すみたいに、模試の判定や順位を言い合う。たぶん、周囲から見れば「順調そのもの」だったでしょう。

そうして自然な流れで東大に合格します。周囲は祝福し、親も喜ぶ。Sさんも、達成感はあったと言います。ただ、その達成感は不思議と長続きしなかった。

 

何に勝てばいいのか分からない

入学してしばらくして、Sさんは小さな違和感を覚えます。最初は授業の内容とか、大学の仕組みの話ではありません。もっと素朴で、もっと根っこに近い違和感でした。「で、次は何をすればいいんだろう」

高校までのSさんの生活には、常に「次の数字」がありました。次の模試、次の順位、次の判定。ところが大学に入ると、それが消えるような感覚があったとのこと。もちろん試験はあります。GPAという成績評価もあります。でも、それが高校までの偏差値のように人生の方向を決めてくれるかというと、そうではない。

Sさんは最初、大学でも同じように“勝とう”とします。語学の小テストで満点を狙う。レポートもちゃんと出す。クラスの試験も勉強して良い点を取る。けれど、そこで気づいてしまうのです。

「……これ、何の意味があるんだろう」

東大の中で良い点を取っても、それがどこにつながるのかが分からない。高校までのように、数字がそのまま「次の扉」を開けない。経済学部に進んでも、成績上位の称号があるだけで、何かが劇的に変わるわけではない。

しかも周りが、数字で勝負していない。サークルに没頭する人、バイトに熱中する人、起業を始める人、留学準備を進める人。自分が“勝ち方”だと思ってきたものが、ここではメインストリームではない。

Sさんは、ある日ふと、自分のスマホのメモ帳にこう打ったそうです。

「勝つって、何に勝てばいいんだ?」

それが出た瞬間から、頭の中が止まらなくなったと言います。

クラスのテストで良い点を取っても心が動かない。ゼミで褒められても、どこか他人事。勉強しているのに「やっている感」がない。それなのに、勉強をしないと不安になる。やると虚しい。やらないと怖い。この往復が始まります。

そして、もう一つ大きな気づきが来ます。

「自分、勉強が好きだったわけじゃない。数字が好きだっただけかもしれない」
この気づきは、かなり残酷です。好きだと思ってきたものが、好きではなかった。努力の中心に据えてきたものが、実は“手段”だった。そのとき、Sさんは初めて「自分って何が好きなんだろう」という問いにぶつかりました。

ただ、ここまでずっと正解を選び続けてきた人ほど、この問いに答える経験がない。答え方も分からない。答えが出ないこと自体が怖い。そして怖さを誤魔化すために、また数字を探してしまう。けれど大学には、追える数字がない。

この“空回り”が続いた結果、Sさんは徐々に眠れなくなり、授業に行けなくなり、誰かに会うのもしんどくなっていき、最終的にクリニックの診断で「うつ病」と言われたのだそうです。

本人の言葉を借りるなら、「勝つために生きてきたのに、勝つ場所が消えた」──それが、Sさんのつまずきでした。

 

Yさんのケース:親御さんとの関係性で壊れた

四コマ1

四コマ2

勉強も生活も母親の支配下に

たとえば、Yさんという人がいました。母子家庭で育ち、幼い頃から生活の中心には常に「勉強」がありました。母親は決して暴力的だったわけではありませんでしたが、露骨に支配的で、勉強に関してはすべてを管理されていたといいます。ただ、「あなたのためだから」「これが一番いいから」という言葉を、ずっと疑うことなく信じて生きてきたそうです。

地方出身のYさんは、東大進学を機に上京しますが、その際、母親が「一緒に東京に行く」と言い出しました。一人で暮らせると思ったから東京に行きたかったのに……とYさんはがっかりしたそうです。

案の定、大学生になっても生活は高校時代とほとんど変わらず、門限があり、外泊は基本的に禁止。門限は18時で、東大の授業は5限目が18時35分まで。必修もあるのでどう考えても現実的な門限ではないのですが、「高校まで18時だったから」「4限までしか授業を受けなければいい」と言われ、本人の意志どころか大学の事情も関係なく門限が設定されていたのだそうです。

帰宅時間が遅れると連絡を求められる。食事の時間も、生活リズムも、母親を中心に回っていました。

Yさんはその生活の中で、「自分は何歳まで、こうやって誰かの指示で生きるんだろう」という疑問が膨らんでいきます。

最終的にYさんは、母親と大きな喧嘩をしたわけでもなく、関係が決定的に壊れたわけでもありません。ただ、ある日、連絡先も残さず家を出ました。本人は「逃げた」というよりも、「このままだと自分が壊れる気がした」と言います。

今は親元を離れて生活していますが、「親が嫌いだったわけじゃない。ただ、自分で選んで生きる練習を、一度もしてこなかった」と振り返っていました。

 

『東大うつ』

東大うつ表紙著者:西岡壱誠
発売日:2026年7月
発行所:KKベストセラーズ
定価:1,320円(税込)
ISBN:9784584126233

 

 

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「ほんのひとふし」は、話題の書籍から特に関心の高いトピックや、今こそ読みたい一節をピックアップしてご紹介する「ほんのひきだし」の連載企画です。
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