オールアバウト「おにぎり」
一つのテーマを熱意とともに深く掘り下げた本は人を惹きつける。『おにぎり読本 なぜ「ふんわり」、「やわらかい」が流行るのか』も、そんな1冊だ。日本人のソウルフード「おにぎり」を、文化、歴史、科学、エンタメなどから広い視野で考察する。レシピ本でもグルメガイドでもなく、おいしいおにぎりを探求する姿勢がいい。
全国の名店を食べ歩き、詳細な「おにぎりDATA」を教えてくれる圧巻の「おにぎり名鑑」には、老舗の名店、グルメドラマにも登場した人気店などがたっぷり30店紹介されている。
歴史や食文化、また具材によっても変化する“おにぎり”を徹底解剖する「おにぎり学」、
米の選び方、炊(た)き方、塩のチョイス……といった切り口で、家庭でできるおいしいおにぎりの作り方についてプロから学ぶ「おにぎりの科学」、
一万年をギュッと凝縮した「おにぎり年表」などなど、「おにぎり」に関するほぼすべてのことを、あらゆる角度から学ぶことができる。写真だけでなく、おにぎり愛が行間からにじむテキストも強烈な飯テロとなる。この本を開いたら最後、おにぎりが食べたくてたまらなくなるだろう。
おにぎりのトレンドを知る「おにぎり名鑑」
「おにぎり名鑑」は、おいしくユニークなおにぎり店をたっぷり紹介する。「おにぎり」と検索バーに入力すれば「ぼんご」とサジェストされるほど親しまれる“ふんわり系”にぎりの名店・東京「ぼんご」を見てみよう。
鮭とすじこ、卵黄の醤油(しょうゆ)漬けとそぼろといったボリュームたっぷりの具を支えながらも、ふわっとほどけそうなやわらかさで握られたご飯の質感まで伝わる写真がたまらない。
人気グルメドラマにも登場した群馬の「えんむすび」のおにぎりはピンと立った海苔が特徴的。小ぶりで値段も手ごろだ。
ひとことで「人気のおむすび店」といっても、各店のおにぎりはそれぞれに個性的だ。
「おにぎりDATA」では、おにぎりのご飯・海苔・具の特徴はもちろん、握り方やサイズまで、各店のおにぎり詳細スペックがわかる。「ボリュームたっぷりだからお腹をすかせて行こう」「お土産にしたいから、小ぶりなものを何種類も買おう」と「おにぎり攻略プラン」を立てられるのがうれしい。
名店は「おにぎり店」だけとは限らない。「KAMAKURA HOTEL」では、宿泊客に手書きのおにぎりのメニューが渡され、食べたいおにぎりを朝食として注文できる。
一部屋に一人、専用のコンシェルジュが付き、朝食には、オーダーしたおにぎりをコンシェルジュの握り立てで食べられる。
おにぎり目当てにホテルに泊まってみるのも楽しいかも……。思いもよらぬ旅のプランまで浮かんでくる。
おにぎり作りの「新常識」
どの家庭でも親しまれているおにぎり。誰が握ってもおいしいが、さらにブラッシュアップできたら……。この本はそんな期待にも応えてくれる。
入社してすぐにおにぎりの握り方の研修を受けました。
丸美屋食品の社員である“おにぎりアドバイザー”が、テクニックを伝授してくれる「実践! 家庭でできるおにぎりの作り方」は必見だ。
米の炊き方やおにぎりレシピ、ふりかけの活用といった家庭でできるコツや、コマ送り写真で見るふんわりもっちりおいしいおにぎりの握り方などのテクニックが満載だ。
たっぷりの具をご飯で包むものが多い名店のおにぎりに対し、家庭のおにぎりはふりかけや具をごはんに混ぜる「混ぜ込みごはん」が人気だ。ボウルが汚れたり、一度に混ぜるのは意外に難しい「混ぜ込みごはん」は、どこのご家庭にもある"あるもの"を使うと、瞬く間にできてしまう。すぐにでも試したくなる、この「新常識」を、ぜひ確認してほしい。
また、名店が公開する「おにぎりの握り方」も見逃せない。
卓越した匠の手技を写真から盗むのはさすがに難しいが、それぞれの店の個性を生む「握り方」を知るだけでもとても楽しい。
人々のおにぎり愛
この本では、おにぎりに親しみ、おにぎりを愛する人の声にも触れることができる。
「おにぎり to 私」は、「勝ち飯は米」と公言する柔道金メダリスト、ウルフ・アロンさんのおにぎりエピソードだ。彼の試合前の体調管理とおにぎりは、切っても切れない。豪快な食べっぷりに思わず顔がほころぶ。
しかし、おにぎりをガッツリ食べてもいいのはアスリートだから、というわけではない。本書には
おにぎりは太りにくい
おにぎりを食べても太らない!?
といった見出しが何度か登場し、前者はおにぎりの栄養価から、後者は日本人の体質から、おにぎりの良さ、ひいては「おにぎりを食べても太りにくい理由」が語られている。どちらもロジカルな文の行間から、「おにぎりって、だからいいんだよね」という声が聞こえてきそうな解説だ。
おにぎりを食べても太らない理由の一つに、おにぎり=冷や飯に含まれるある成分が挙げられている。では、「冷めてもおいしい米はどれか?」という問いには、五つ星お米マイスターがこう答える。
品質の良い米は総じて冷めてもおいしく、冷めた時に味が落ちるのであれば質が良くない証拠。
「おにぎりには、できる限り高品質の米を使ってほしいです」
なんだかこの答えにも、おにぎり愛がにじんでいるように思えるのだ。
やわらかくて口の中でほどけるようなおにぎりが主流になったのは、かつては崩れないようしっかり握るべき「携行食」だったおにぎりが、一つのエンタメになったからではないかと感じた。そんな楽しいおにぎりの「今」が、この本の中に詰まっている。
*
(レビュアー:中野亜希)
※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2023年3月15日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。