東大生は、東大という肩書きによる過剰な期待や偏見から身を守るため、「一応、東大です」と控えめに自己紹介する傾向があると言います。
これは、東大生自身がその重さを望んでいるわけではなく、むしろ普通に見られたいという気持ちが強いからだそうです。
では、実際に「東大生であること」は、日常生活の中でどのように作用しているのでしょうか。本当に得をしているのでしょうか。それとも、損をしているのでしょうか。
※本稿は『東大うつ』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです
東大生は、実際にどんな「得」と「損」を経験しているのか──取材から見えてきたリアル
ここからは、実際に東大生・東大卒の人たちに話を聞いて分かってきた、「東大生であることによって得をした場面」と「逆に損をした場面」を紹介します。
重要なのは、これらが特別な成功談や失敗談ではなく、ごく日常的なエピソードだという点です。東大という肩書きは、人生の大事件よりも、むしろこうした小さな場面で、じわじわと効いてきます。
【Aさんの話】────「さすが東大」と言われる安心感
Aさんは、学内ではとくに目立つタイプではありません。成績も平均より少し上、サークルも普通、自己主張も強くない。本人いわく、「どこにでもいる東大生」だそうです。
それでも、外に出ると空気が変わる場面があると言います。
たとえば、アルバイト先でのこと。
初日に少し仕事を覚えるのが早かっただけで、「さすが東大だね」と言われた。自分では「普通のことをしただけ」なのに、評価が一段階上に乗る感覚があったそうです。
Aさんはこう言います。
「正直、自分の実力以上に見られているな、とは思います。でも、得か損かで言えば、得ですよね」
とくに、肩書きで人を判断するタイプの上司や取引先が相手だと、話が早い。説明を最後まで聞いてもらえる。意見を遮られにくい。
「東大」というラベルが、無言の信用として機能する場面は、確かに存在します。
Aさん自身も、そのことを否定していません。「内心では“それはたまたまです”と思っているけど、わざわざ訂正もしない。得な流れに逆らう理由もないので」
東大生であることが、最初の一歩を少しだけ楽にしてくれる。これが、Aさんが感じている「得」の側面でした。
【Bさんの話】────「東大生だと言ったら、なぜかバイトに落ちる」
一方で、Bさんの話は、かなり違う印象を与えます。
第1章でも紹介した、職場で「東大さん」というあだ名で呼ばれていたBさんの就職前の話です。
Bさんは大学1年生のとき、居酒屋でアルバイトをしようと考えました。理由は単純で、「人と話すのが好きだし、接客をやってみたかったから」。
1件目は、エントリーシートで不合格。「まあ、初めてだし」と思い、2件目はかなり丁寧に書類を書き直して提出しました。
書類は通過。ところが面接に行くと、予想外の質問が飛んできます。
「コロナ禍の中で、飲食業界はどう成長すべきだと思いますか?」「アフターコロナの飲食業界の展望について教えてください」
Bさんは、「ここ、就活会場だっけ?」と一瞬思ったそうです。
それでも真面目に答えました。結果は、不合格。
このあとも数件落ちて、最終的に居酒屋バイトは諦めました。早稲田大学の友人にその話をすると、「居酒屋バイトで落ちるなんて聞いたことない」と言われ、かなりショックを受けたといいます。
Bさんは今でも理由は分からないと言います。
ただ、「東大生=意識高そう」「現場に合わなさそう」「すぐ辞めそう」と、無意識に判断されていたのではないか、という感覚は残っています。「自分はただ、働きたかっただけなんです。でも、“東大生”って言った瞬間、変に構えられた気がしました」
これは、Bさんにとって明確な「損」の体験でした。
【Cさんの話】────「ピンク・レディーを知らなかっただけなのに」
Cさんが語ってくれたのは、もっと日常的で、しかし地味に効いてくる違和感です。ある日、居酒屋で年上の人たちと話しているとき、話題が昭和のアイドルに移りました。
「ピンク・レディーって知ってる?」
Cさんは、正直に「名前は聞いたことありますけど、曲は分からないです」と答えました。
すると、間髪入れずに返ってきたのが、
「え、東大なのに?」という一言。
別の日には、「おニャン子クラブを知らない」と言っただけで、同じ反応をされたこともあります。
世代的に知らなくて当然なのに、「東大生なら知っていて当然」という空気が、なぜかそこにある。
Cさんはこう振り返ります。
「別に全部知ってるわけじゃないし、むしろ勉強以外のことは普通に疎い。でも、“東大生なのに知らない”って言われると、地味にダメージがあります」
住民票が世帯単位だと知らなかったときも、同じでした。「東大生なのに、そんなことも知らないの?」
悪意があるわけではない。むしろ軽いいじりのつもり。それでも、回数が重なると、「自分は常に試されている」という感覚が残ります。
できれば「さすが東大」。できなければ「東大生なのに」。 この二択しかない評価軸は、想像以上に息苦しい。
[Dさんの話]────冗談になる強さ、冗談で済まされる弱さ
一方で、肩書きがあるからこそ楽になる場面もあります。
Dさんは、「自分、頭いいので!」という自虐混じりの冗談をよく使うそうです。普通なら嫌味になりかねない言葉ですが、東大生であることが共有されている場では、笑いとして成立する。
とくに、小学生や中学生相手だと効果は抜群です。
「頭いいのに鬼ごっこ遅いじゃん!」
「東大生なのに、けん玉できないの?」
そうやっていじられるところまで含めて、場が和む。
Dさんは、「この“いじられ方”は、東大生だから許されている」と感じています。ただ同時に、「頭いいんだから、これくらいできるでしょ?」と無茶を振られることもある。
冗談で済まされる強さと、冗談で済まされてしまう弱さが、常にセットになっている。これらの話を並べてみると、はっきりしてきます。東大生であることは、ある場面では、信用になり、笑いになり、武器になる。別の場面では、期待になり、圧力になり、足かせになる。
同じ肩書きが、得にもなり、損にもなる。しかもその切り替えは、自分ではコントロールしきれない。
だからこそ、東大生は無意識に振る舞いを調整し、言葉を選び、「一応、東大です」と言ってしまうわけですね。
『東大うつ』

発売日:2026年7月
発行所:KKベストセラーズ
定価:1,320円(税込)
ISBN:9784584126233
「ほんのひとふし」とは
「ほんのひとふし」は、話題の書籍から特に関心の高いトピックや、今こそ読みたい一節をピックアップしてご紹介する「ほんのひきだし」の連載企画です。

