関ケ原の戦いが終わっても、植田茂兵衛の必死の奔走は続く。戦国足軽出世物語、絶好調の第18弾だ
天下分け目の関ケ原といわれた戦いは、意外なほど早く趨勢が決定した。「三河雑兵心得」シリーズ第18弾となる本書の冒頭で徳川家康は、昼の八つ(午後2時)を過ぎたところで、東軍が勝利を確信しているのである。だが、最後の最後に、大きな波乱が起こる。ほとんど戦闘に参加していなかった西軍の島津義弘隊が、家康の本陣に突進し、その鼻先をかすめて戦場から去ったのだ。“島津の退のき口ぐち”と呼ばれる、前代未聞の敵中突破による退却戦である。
もちろんこの行動には、戦後を見据えた義弘の考えがあった。だが、戦勝に水を浴びせられた家康は大激怒。鉄砲百人組を率いる植田茂兵衛や、井伊直政隊と松平忠吉隊に、追撃を命じるのだった。
茂兵衛を主人公にした戦国足軽出世物語は、関ケ原の戦いが終わっても、ますます快調。五十を過ぎて孫もいる主人公が、巧みな戦いぶりを見せてくれる。一方で追撃戦では、島津隊の死兵と、泥臭い殺し合いを演じる。幾つになっても我武者羅な茂兵衛の活躍が、楽しくてたまらないのだ。
しかし島津隊の激しい戦いにより、茂兵衛たちは義弘を取り逃がす。しかたなく家康のもとに戻ると、新たに大坂城に居座る西軍の大将・毛利輝元を、城から追い出すように命じられるのだった。
関ケ原の戦いで敗者になった島津家と毛利家は、どちらも生き延びることができた。しかしその行動と結果には、大きな違いがある。この差異を、主人公を絡めて表現することが、本書の狙いであろう。いうまでもなく茂兵衛は作者の創造した人物だが、史実との融合が巧みであり、本当にこうした経緯で時代が動いていたように思ってしまう。そこに作者の手腕が光っているのだ。
また本書で茂兵衛は、家康から従五位下民部少輔の官位を与えられる。さらに三千石の加増により、八千石になった。大出世だ。ラストで匂わされるように、これから先の人生も大変そうだが、茂兵衛がどこまで行くのか見届けたいものである。
書誌情報
- 退き口仁義
- 著者:井原忠政
- 発売日:2026年06月
- 発行所:双葉社
- 価格:792円(税込)
- ISBNコード:9784575672855
著者プロフィール
井原忠政(いはら・ただまさ)
2000年に、脚本「連弾」が第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST-NARUTO THE MOVIE-』などがある。2016 年『旗本金融道(1)銭が情けの新次郎』で時代小説デビューし(経塚丸雄名義)、翌年、同作で第6回歴史時代作家クラブ新人賞を受賞した。2020年、ペンネームを井原忠政に変えて歴史時代小説「三河雑兵心得」シリーズの刊行を開始。同シリーズで『この時代小説がすごい! 2022年版』文庫書き下ろしランキング 第1位を獲得する。他の著書に『うつけ屋敷の旗本大家』『人撃ち稼業』『人撃ち稼業(2) 殿様行列』『北近江合戦心得 姉川忠義』『北近江合戦心得(2) 長島忠義』『北近江合戦心得(3) 長篠忠義』がある。神奈川県鎌倉市在住。

