「おはなし電話」でさまざまな声に耳を傾ける七十九歳女性の日常と機微
朝比奈あすかの『おはなしの時子』は、現代の老境小説を代表する作品になると思う。身近に高齢者がいる身として、かつ老境が近づいている身として、そう思わせるほどリアルに感じられ、突き刺さり、老後に向かう心を肯定してもらえる気がした。
夫の潔を亡くして10年になる79歳の時子は、長年暮らしてきた一軒家で長男の和洋と暮らしている。しかし多忙で出張も多い息子は留守がちだ。ある時、時子は電話で特殊詐欺に遭い大金を取られてしまう。長女の亮子から固定電話を解約するよう厳命される時子だが、夫が語呂合わせで末尾を「0874(おはなし)」と呼んだこの番号には特別な思い出がある。解約するまでの間、時子は亮子の娘で大学生の孫・愛梨の協力を得て、この番号を、誰かと話したい人のための「おはなし電話」としてSNSで公開する。いたずら電話もあるものの、時子は気軽な世間話から切実な本音まで、さまざまな声に耳を傾けていく。
本書のメインの読みどころは、「おはなし電話」上のドラマというよりも、時子の日常そのものだ。「おはなし電話」をスタートさせるまでの紆余曲折、早朝のラジオ体操でできた三人の茶飲み友達や、愛梨と亮子、亮子と時子それぞれの母娘関係等々、時子をとりまく人間関係やそれぞれの人生模様と、そこで彼女が感じることを、丁寧に掬い上げていく。時子が作る焼き菓子や料理が実に簡単なレシピなのに美味しそうで、これも楽しい。
人はいくつになっても新しいことに挑戦できる、人と人は繫がることができる、そんなポジティブなメッセージに心温まる作品。だがそれ以上に心惹かれたのは、老境の寄る辺なさにきちんと言及されている点だ。それは孤独とはまた違う寂しさだ。そんな感情を抱きながら、若い世代の人に対して自分にできることはないかと考え続け、自分も頑張ろうと決意する時子に胸を打たれた。今後、歳を重ねるなかで読み返し、その時々で響いてくる言葉を拾っていきたい一冊である。
書誌情報
- コヨーテの翼
- 著者:五十嵐貴久
- 発売日:2022年05月
- 発行所:双葉社
- 価格:737円(税込)
- ISBNコード:9784575525687
試し読みと著者インタビューが公開中
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて、『おはなしの時子』の試し読みと、著者・朝比奈あすかさんのインタビューが公開されています。
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著者プロフィール
朝比奈あすか(あさひな・あすか)
1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。06年、第49回群像新人文学賞受賞作『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。主な著書に『憧れの女の子』『自画像』『人生のピース』『君たちは今が世界』など。

