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【第9回】異色でありながら王道の落語エンタメ!『あかね噺』の世界

中山夏美

山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。


今回紹介する『あかね噺』(集英社)は、落語家の話です。私が落語を初めて見たのは、東京・新宿三丁目にある「新宿 末廣亭」でした。飲み屋が並ぶ一角にあり、創業は70年以上前。木造建築の雰囲気ある佇まいの寄席です。中で売っているお弁当を買って、畳敷きの桟敷席へ。狭いスペースに小さくなりながら座り、初めて見た落語は「よくわからなかった」というのが正直な感想でした(笑)。

落語がおもしろいと思ったのは、それからずっと後。柳家喬太郎さんの落語を見たときでした。古典落語なのに話がスッと入ってきて、情景も伝わってくる。オチに向かうまでの流れがちゃんと理解できました。「これが落語か!」と大笑いしたのを覚えています。

 

『あかね噺』原作・末永裕樹 作画・馬上鷹将

 

落語を知らずともハマれる王道ストーリー

落語を見たことがあるからと言っても、私の落語の知識は相当浅いもの。私のような感覚の人も多いと思います。そう思うと『週刊少年ジャンプ』で連載する漫画のテーマとしては“引きが弱い”かもしれません。しかしながら『あかね噺』は、「次にくるマンガ大賞2022」コミックス部門で第3位、「マンガ大賞2023」第2位に選ばれるなど、各漫画賞にノミネートされる注目漫画となっています(現在コミック第6巻まで発売中)。

第1席(あかね噺では、1話のことを1席と言います)で、主人公の朱音が尊敬する落語家であり父親の阿良川志ん太は、真打昇進試験で「破門」されます。落語家にとって破門は、会社をクビになるのと同じこと。志ん太はその日で落語家を辞めさせられました。

朱音はずっと側で父親の落語を見てきました。「おっ父の噺を見るのが大好き」だったんです。だから破門を突きつけた師匠・阿良川一生を許すことはできません。「自分が一生を納得させる真打になり、おっ父の敵を取る」。これは朱音の復讐物語でもあります。

一流の話芸を身につけるために師匠や兄弟子たちから教育を受け、成長していく朱音。“天才”と呼ばれるライバルの登場や、同期と切磋琢磨していく姿。宿敵である一生との対峙など落語がテーマではありますが、そこは王道を突き進み、ジャンプ読者の心をグッと掴む内容となっています。
 

落語を知り、学べるキャラ作り

朱音たちが落語を披露する場面では、必ず演目の説明が入ります。落語の内容を漫画で読める構成になっているのです。それがあるおかげで、演目を知らなくても物語に入り込めるし、朱音たちが「どんな風に話芸で表現しているか」もわかります。落語家の林家けい木さんが監修を担当されているので、落語好きの方が読んでも違和感がない内容になっているのではないでしょうか。

落語は、同じ演目であっても話す人によって雰囲気や味が変わるのがおもしろさ。そこがしっかりとキャラ分けされています。例えば、朱音の師匠である阿良川志ぐまは「人情噺の名手」。きっと「芝浜」とかが得意でしょう(浅い知識…)。朱音は、まだまだ見習いなので“自分の持ち味”を探り中。最新刊では、廓噺(遊郭の噺)が得意な女性落語家・蘭彩歌うらら師匠に妖艶な落語を学んでいたりします。
 

女性落語家が真打を目指す

「女性に落語はできない」。かつて落語はそう言われていたそうです。落語は男性が話すことを前提に構成されているから。主役が男性だから。女性の声では迫力にかけるから。いろんな理由が並べられていましたが、そうやって性別を理由に才能を摘む悪しき歴史が落語業界にはありました。現在でも女性落語家は、多くはありません。その中で『あかね噺』は、女性を主役にしています。それもひとつの挑戦です。

芸はおもしろくても「女性だから」真打になれない可能性も出てくるのか。好意的な人と、そうではない人が出てくることもあり得そう。朱音が真打になるための道は、一筋縄ではいかない。ここからまだまだ壁にぶち当たることが多そうです。
 

すべてがフィクションではない!?

朱音の父親を破門にした阿良川一生のモデルは立川談志とも言われています。「阿良川流」と漫画内で言われていますが、実際に「流」と落語業界で表現されるのは「立川流」だけなんだそう。落語を知っている方が読めば「◯◯の落語は◯◯っぽい」という発見があるかもしれません! 私は物語が進んでいくほどに落語自体に興味が出て、今は落語を見に行きたくなっています(笑)。伝統芸能の魅力を改めて感じています。


※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年7月16日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。