異世界ファンタジー作品がライトノベルの分野で根強い人気を保ち続けている中、また一つ新しく異世界ファンタジーレーベルが、出版社のファンギルドから立ち上がろうとしています。
8月17日に創刊されるノベルレーベルの「novel スピラ」です。『聖女不在による仮初め婚なのに、不器用な王太子に溺愛されています』(景華)と『洗脳されかけていた悪役令嬢ですが家出を決意しました。』(谷六花)が2点同時に刊行されます。
ほんのひきだしではこのほど、ファンギルド第四編集部・「スピラ」編集長の原智宏さんに創刊への道のりやレーベルの特長などについてご寄稿いただきました。
「スピラ」創刊への思い
創刊を目の前にして今思うのは、「10年かけてようやく夢に近づくことができた」ということでした。元々ファンタジー作品が大好きで、ライトノベルや小説、Web小説のファンタジーにどっぷり浸る学生生活を送っていました。特に大学生の頃はWeb投稿小説が盛り上がってきたタイミングで、『Re:ゼロから始める異世界生活』(長月達平、紙書籍はKADOKAWA刊)を小説投稿サイトの「小説家になろう」で追っかけていたり、『ゴブリンスレイヤー』(蝸牛くも、紙書籍はSBクリエイティブ刊)も当時は2ちゃんねるで読んでいました。
ファンタジー作品は、私が本や漫画を好きになったきっかけであり、私の原点でもあります。ですから、私も出版社の一員として、いずれは自分自身も作品づくりに携わりたい、このジャンルをもっと盛り上げていきたい、と思っていました。
2022年の夏、ついにそのチャンスが巡ってきました。異世界ファンタジーレーベルの企画書が通り、スピラ編集部の前身となるコミカライズ準備室が設立されました。
企画書が通った2022年8月中旬から部署設立の10月1日まで、準備期間は実質わずか1か月半。メンバーは私を入れてたったの4人でした。この先どうなるのか、形にできるのかどうか、はじめはまったく先が見通せなかったのですが、この準備期間の中で他社レーベルや他社作品、書店での展開状況など、あらゆる角度で研究し、何とか10月の部署発足時には人気作品の傾向や読者ニーズが見えてきました。合計で100冊以上は分析したと思います。
部署が発足した後、最初に取り組んだのが小説家へのオファーでした。まだレーベル名も決まっていない時期でしたので、怪しく思われるのではないか?とか、そもそも興味を持ってもらえないのではないか?返信も来ないんじゃないか?と、不安でいっぱいでした。しかし、それはまったくの杞憂で、ありがたいことに多くの作家さんに興味を持っていただき、コミカライズの許諾をいただきました。
その間、さまざまな作家さんと話をしていく中でわかったのですが、小説投稿サイトに投稿されている多くの作家さんは「投稿作品を紙の書籍で出版したい」という夢を持たれていることでした。ファンギルドは電子コミックがメインの出版社でしたので、小説を編集できるスタッフはおろか、書籍化の経験もないという状況です。それでも、今後レーベルとして多くの作家さんとお仕事をしていくためには、「書籍化」という希望に応えていく必要があると強く思いました。
非常にありがたいことに、イラストレーターや外部編集者とのご縁に恵まれて、書籍化の道筋をつけることができました。流通や印刷面では、社内営業スタッフや印刷所、発行元となってくれる企業に助けていただきました。各方面のプロフェッショナルの力をお借りして、なんとか実現することができたのが「novel スピラ」だったのです。
なぜいままた「異世界ファンタジー」なのか
「異世界ファンタジー」の分析をしていく中でわかったことの1つは、読者の皆さんは「どこのレーベルから出版されているか」という点をあまり重視していないということでした。あくまで作品のテーマや内容、イラストを重視しており、レーベル名はほぼ見られていないようでした。なので、後発のレーベルであっても十分に受け入れられると思いました。
もう1つ重要なことは、異世界ファンタジーの読者は奇をてらった面白さや新しい発見よりも、「自分が求めているストーリーを読みたい」という欲求が強い、ということでした。
例えば、人気の異世界ファンタジーのジャンルの1つに「悪役令嬢」ものがあります。これは悪役令嬢に転生してしまったヒロインが、自身の死亡フラグやバッドエンドを回避するために奮闘していく中で、ヒーローから溺愛され、周囲の人からも好感を得てハッピーエンドを迎えるという物語です。
ここには、現実とは違う世界への「逃避感」や、「悪役令嬢」という嫌われ役の立場からスタートしたヒロインの「逆転感」、そしてハッピーエンドになる未来が見えている「安心感」など、ストーリーの中に“お約束”といえる要素があります。そうしたストーリーの良さがジャンルとして確立されているのが、異世界ファンタジーです。
だからこそ、疲れているときでも安心して、期待している感情体験ができて、読み終わった後に前向きな気持ちになれる。それが「異世界ファンタジー」の魅力の1つだと考えています。
スピラレーベルは「王道」を追求する
異世界ファンタジーの読者が求めているストーリーの要素。スピラ編集部では、その“お約束”のことを「王道」と呼んでいます。
今回の創刊にあたって送り出す2作品は、まさにその「王道」を踏まえながら、作家さんのこだわりや創造性が発揮されている作品です。『聖女不在による仮初め婚なのに、不器用な王太子に溺愛されています』(景華)と『洗脳されかけていた悪役令嬢ですが家出を決意しました。』(谷六花)の両作品は、いずれも「悪役令嬢」ものです。
- 聖女不在による仮初め婚なのに、不器用な王太子に溺愛されています
- 著者:景華 福田深
- 発売日:2023年08月
- 発行所:ファンギルド
- 価格:1,320円(税込)
- ISBNコード:9784910617138
- 洗脳されかけていた悪役令嬢ですが家出を決意しました。
- 著者:谷六花 麻先みち
- 発売日:2023年08月
- 発行所:ファンギルド
- 価格:1,320円(税込)
- ISBNコード:9784910617145
『聖女不在~』は「例えばヒロインが知っている世界に転生したはずなのに、予期していたことが起こらず、自分が行動することによって起こるはずのことが起こらない、という展開の面白さ」(担当編集者談)、『洗脳されかけていた~』は、「ヒロインが悪役令嬢になってしまい、断罪されてしまうのを知っているのに、回避ができないハラハラ感」(担当編集者談)があります。いずれも、そうしたこだわりの面白さと、期待通りの「王道」ストーリーを楽しんでいただきたいと思っています。
「王道」は、時代によって少しずつ変化していきます。「王道」とは、読者の皆さんに支持されるストーリーだからです。読者の皆さんが求めているものから逸れないように、今もスピラチームのメンバーは継続して作品分析を行っています。
8月の創刊以降は、毎偶数月17日頃に新刊を刊行していきます。読んだ後に前向きな気持ちになれるような素敵な作品が控えていますので、ぜひ手にとって読んでもらえたら嬉しいです。
振り返ってみると、何もないゼロの状態から始まって、いろいろな人に“同じ船”に乗ってもらいながら、なんとかここまで漕ぎ着けることができました。
レーベル名の「スピラ」にはラテン語で「螺旋・渦巻き」という意味があります。「螺旋・渦巻き」のイメージが「転生」や「運命」といったファンタジーのモチーフとピッタリでしたので、「スピラ」というレーベル名にしました。また、スピラという“渦”に、作り手から読み手まで多くの人を巻き込んでいきたいという想いも込めています。
今年の秋~冬頃にはスピラレーベルの第2弾となる「comic スピラ」を創刊する予定です。こちらはコミカライズ作品が中心となります(オリジナル作品もあります)。
「comic スピラ」では魅力的な物語に加えて、素敵な作家さんたちに作画を担っていただいています。原作小説のキャラクターが動き回る姿がコミックで読めますので、ぜひ「comic スピラ」も楽しみにしていてください。
『聖女不在による仮初め婚なのに、不器用な王太子に溺愛されています』
〈あらすじ〉
悪役令嬢のはずが王太子と結婚!?
王太子レイモンドの婚約者ロザリアが生きる世界は、彼女の前世での愛読書とそっくりだった。小説の中のロザリアは、聖女にレイモンドを奪われる悪役令嬢……のはずが、聖女は現れずそのまま結婚!! 聖女が登場するまでの仮初め婚と諦めているロザリアと、彼女を愛しているのに恋愛偏差値ゼロで素直になれないレイモンドはすれ違い続ける。そんなロザリアを慕う護衛騎士ゼル、遅ればせながら降臨した聖女アリサを巻き込んだ四角関係はいったいどうなる!?
〈著者:景華さんコメント〉
私にとってデビュー作になった今作。連載中も主人公達と共にたくさん悩みながら書いた作品ですが、今回の書籍化にあたり、連載中に書きたくても書けなかったシーンもたくさん追加させていただき、とても楽しみながら書かせていただきました。人は言葉の掛け方、受け取り方一つで簡単にボタンを掛け違え、すれ違い迷ったりします。それでも思い続ける力、自分を振り返ることの大切さを、ロザリア達を通して感じていただけたらと思います。
『洗脳されかけていた悪役令嬢ですが家出を決意しました。』
〈あらすじ〉
私、もしかして前世からやってきたの!?
真っ赤な瞳のマリアンナは、誰からも恐れられる魔力の持ち主。そんな“色持ち”の宿命として幼い頃から大好きな王太子・アレクシスの妃の筆頭候補だったはずが、ライバル出現! 何としても王太子妃になれと怒鳴る父に洗脳されてしまったマリアンナは、いつの間にかライバルのエレナに危害を加える悪役令嬢に……!? このままでは私は死んでしまう! 前世で読んだ物語の通りに事態が進んでいることに気づいたマリアンナの恋、そして運命の行方は!?
〈著者:谷六花さんコメント〉
本作は、自分の持つ強大な力を恐れながらも運命を切り開こうとする主人公と、ちょっとヘタレな王子のお話です。読者さんが声に出して読むわけでもないのに、ところどころで会話のテンポを意識して書きました。ここかな、と思うところを見つけて、声に出して読んでみてください。スベった感じになるでしょう。
読んでくださる方に、少しでも楽しんでいただけると幸いです!
ファンギルド第四編集部・「スピラ」編集長 原 智宏(はら・ともひろ)
日本出版販売で書店営業を担当後、2018年から同社のコンテンツ部門子会社であるファンギルドに出向。2022年10月にライトノベル&コミックの新規レーベル「スピラ」の編集長に就任。2023年8月に同レーベルを創刊する。一児の父。