女子が二人、べつに仲は良くない
趣味が同じだからといってその人と必ず仲良くなるわけでもないことは、10代後半あたりから薄々気付き始める(だから自己紹介の「趣味」をどんどん聞き流すようになる。仲良くなってから知ればいいし)。趣味だけじゃない。職種、家族、可処分所得、どれも分断のトリガーにはなりこそすれ、人と人を結びつける必要条件にはなれない。
女子二人の共同生活と事件を描く『クロエマ』は、さらにもう一歩踏み込んだ人間関係を見せてくれる。恋心や友情がなくたって、人と人との結びつきは生まれるでしょ?っていう、いろんな大人が予感していることを、『クロエマ』の人びとを見ていると確信できるのだ。
住む場所も仕事も恋人も失ってホームレスな “江間宵(えましょう)”と、一人で広いお屋敷に暮らすミステリアスな“黒江神名(くろえかな)”。この二人が一緒に暮らして、いろんな事件に巻き込まれる。非常にハラハラするマンガだ。
そんなの浮世離れしすぎ? いいや、この共同生活は、とてもリアルだ。
詰みまくった人生と占い
物語はエマ(江間宵)がクロエ(黒江神名)の邸宅の前で寝っ転がっているところから始まる。住む場所を失ったエマが野宿しようとフラフラした結果、クロエ邸の敷地内に紛れ込んでしまったのだ。
通報寸前、お腹も限界。で、お手洗いを借りて、事情を説明することに。同棲相手が浮気+相手が妊娠し、失業中のエマは捨てられ、放浪の身となった。
エマの人生の詰みっぷりがどんどん出てくる。住所不定だと仕事に就くのも難しい。そんな社会の仕組みのリアルさもさることながら、私の胸をえぐるのはこういうところ。
生活費を折半してたって、エマとエマの元彼は平等じゃなかった。
で、「一晩だけ」という条件でクロエはエマを泊めてくれると言うのだけど、
感じ悪! でもしっかりしてる。そう、しっかりしてるんですよ。
詰みまくったエマを助ける方法を考えてくれたり。これほんと大事な情報だな。
そんなクロエは占いが得意だ。もはや占いくらいしかすがれるものがないエマの占い結果は……?
当たってる(クロニクルカードと呼ばれるクロエのカードが美しい)。クロエ曰(いわ)く、占いは過去や現在は当たるのだという。じゃあ未来はというと、これはちょっといろんな要素があるので、占いだけではわからない。でも、エマの近い未来をクロニクルカードは的中させる。
このカードが暗示した事故によって、エマは「一晩だけ」のはずだったクロエの屋敷にもう少し滞在させてもらうことに。
カット野菜でわかる価値観
他人と生活するとイヤでも直面するのが価値観の違いだ。ほら、よく離婚の原因でとりあえず出てくる「価値観の不一致」というやつが、クロエとエマにも当然降りかかる。
エマの自炊スタイルは非常にインスタント。「なんか」と言いかけたクロエ!
ここで言葉を飲み込むクロエの知性が優しい。でも優しさだけじゃ生活は続かないし、エマ以外の人に話す「生活に余裕がなくて自炊できない人のパターン」って分析がつらい。
とはいえ、クロエがエマのライフスタイルにギョッとするのは無理もないことだ。
なにせクロエはこんな美味かつ美しいパフェを愛し、それを食べるための手間を惜しまない女なのだ。だから、エマとは本当に何もかもが違う。
気まずい。クロエとエマの間に横たわる格差よ……。でもそこで終わらないのが本作のいいところ。このあと人間性の擦り合わせがある。とても好きなエピソードのひとつだ。
探偵のような動きをする占い師
クロエは暇つぶしと称して占いの店を始める。クロエの店を現れる客は、占いにすがりたかったエマのように、なにかしらトラブルを抱えている。
口にする悩みと、潜在的に抱える悩みが渦を巻いて、謎や事件が生まれる。なにせ暇つぶしで始めた店だし、クロエは彼らの全身にまとわりついた謎に、ギリギリまで首を突っ込む。
クロエの鋭い直観と圧倒的ネットリサーチ力が毎回冴えてる。
そんなクロエにエマはびっくり。いいコンビだ。やっぱりこの二人は別に友達じゃない。というか、本作には「友達」がまったく出てこない。でも大人同士の接点は、友達以外の、なんともいえないバランスで保たれた結びつきの方が多いはずだ。本作はそのリアルさが心地いい。
それに、友達や家族じゃなくたって、相手を思うことはできる。
そう、こんな風にね。自立は大事!
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(レビュアー:花森リド)
- クロエマ 1
- 著者:海野つなみ
- 発売日:2023年06月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065318379
※本記事は、講談社コミックプラスに2023年7月26日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。