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セクシーホラー漫画『ディストピア』作者・杉野アキユキに聞く、コミックヒットの裏側!

今年上半期、「広告でよく見かけるコミック」として話題になり、電子書店でも上位にランキングしていた人気電子コミック『ディストピア~移住先は不貞の島でした~』(杉野アキユキ)。

「空前絶後の孤島セクシーホラー」「美しい妻と娘と3人で島にやってきた家族。しかし、狂った倫理観が当たり前なこの島で、仲睦まじかった家族は崩壊していく――」という過激なキャッチフレーズが目を引く作品ですが、ヒットの理由はそれだけではありませんでした。

8月17日に紙の単行本第1巻が発売されるのを記念してインタビューした作者の杉野アキユキさんによると、ヒットの裏側には繊細なコミック執筆のノウハウがありました。

杉野アキユキ(すぎの・あきゆき)さん
1992年三重県生まれ。男性。2017年、新潮社『月刊コミック@バンチ』に読み切り作品が掲載されデビュー。2017年から2022年にかけて、新潮社『Bバンチ』に「クイズ!正義の選択」を連載。2021年、「くらげバンチ」に移籍連載となった。2022年、SNSに発表した漫画をまとめた「将棋漫画まとめました。」既刊2巻をAmazon Kindleで自費出版。2023年には、ファンギルド「コミックアウル」に「ディストピア~移住先は不貞の島でした~」の連載をスタートさせた。

 

 

極端な描写よりもじわじわとした心理的な恐怖を重視

―― 『ディストピア』の電子コミックは、スマホ向けのネット広告でも頻繁に露出するほど大ヒットしましたね。

かなり攻めた内容でしたので最初は不安だったのですが、ネットで連載が始まると、電子書店でも上位にランキング入りし、読者の反応を見ても「次の展開がどうなるかドキドキする」と喜んでもらえたようです。その結果、紙の単行本の発売につながりました。これほどの反響があったのは驚きです。

「あの鍋にはワシらのエキスがたっぷりと…」――優しい妻・愛梨(あいり)と、可愛い娘・真凛(まりん)に囲まれ、それなりに幸せな人生を送っていた成瀬颯太(なるせ・そうた)。愛梨の仕事のために離島に引っ越すことになった3人は優しく穏やかな島人たちから歓迎される。しかし、島の本当の姿は子孫繁栄のためにはなんでもするカルト島で...? 殺人・乱交・服従…狂った倫理観が当たり前なこの島で、仲睦まじかった家族は崩壊していく――

(ファンギルド公式サイト『ディストピア』より)

 

――特に第1話から「あの鍋にはワシらのエキスがたっぷりと…」というインパクトのあるシーンがありますね

島の人たちが颯太一家を歓待したときに出した「こちゃん鍋」ですよね(笑)。颯太が隠し味に何が入っているのかと訝しがるのですが、いきなり根度羅島の異常性がわかる象徴的なシーンです。担当編集者のNさんも、最初のプロットの段階から度肝を抜かれて、そのシーンを採用したと言ってくれました。

▲作者の杉野さん(左)と担当編集者のNさん

――島という閉鎖的な世界ならではの怖さやエロティシズムがこの作品の魅力の一つでもありますね。

ただ、小説やコミックの中にエロティシズムやサディズムを追求する作品は少なくないですが、この作品においては、最初から極端な展開をしすぎないようにしました。過激でありつつも過激でないというか(笑)。“絶妙なハラスメント感覚”と言い換えればよいでしょうか。これが怖いんですよね。例えば当初の構想では、最初のページでいきなり人が殺されるシーンも考えていました。でも、Nさんのアドバイスもあって変えました。それよりも、表情はニコニコしながらいきなり無遠慮に女性の肩を抱いてくる村長のほうが、薄気味が悪いんですよね。いきなり極端な描写があるよりも、じわじわとした心理的な恐怖のほうが迫ってくる。怖いのは人なんです。

――実際、怖い描写のシーンでありながら、登場人物の心理もよく伝わってきます。

怖さやエロティシズムを重視する描写でありつつ、心理面をより重視するように意識したのが良かったと思います。途中、登場人物の一人が下半身を責められて殺されてしまうシーンがあるのですが、レビューも含めて好意的な反応をいただく形になりました。

それは、殺される登場人物の側がどこかでそれを望んでいる、受け入れている気持ちがあるので、残酷さが軽減されて、エンターテインメントとして成立したのではないかと思っています。

▲作者の杉野さんが最も好きなシーン Ⓒ杉野アキユキ/ファンギルド

 

個性や人間臭さを明確に描いたときにTwitter(現・X)もバズる

――心理面を重視するうえで、描き方で注意されたことはありますか?

登場人物の「スタンス」がぶれないようにすることだけはすごく意識しました。この人物は性格的にこういう行動やこういうリアクションはしない、ということですね。例えば主人公の颯太は、物語を通してさまざまな誘惑や衝撃に出合うのですが、ここは顔を赤らめてはいけないとか、ここはあまり驚かない方がいい、という感じです。

読者がキャラクター、特に主人公に感情移入ができないような漫画には絶対にしたくないので、気を付けています。実は自分なりに「この登場人物がやってはいけないことリスト」のようなものを作っていて、チェックしながら描いています。特に颯太は意識していますね。

――その意味では、主人公の颯太も独特の性癖嗜好を持っていますが、読者からも受け入れてもらえているようですね。

感情移入してもらえるように、うまく描けたのかなとは思いますね。実はそれって、Twitter(現・X)で学んだことなんですよ。前回作から『ディストピア』の連載の間に、Twitterで漫画の投稿をしていたんですね。好きな将棋に関する漫画だったのですが、Twitterでは投稿すると、読者の反応がすぐにわかる。良かったら「いいね」の数が増えて良い反応がありますし、駄目なときは「いいね」も少なくて反応が鈍いからあまり良くないとわかる。その中で傾向を見ていったとき、自分の中で「今回はキャラが良く描けた」と手ごたえを感じたときの漫画ほど、反応が大きかったんです。

▲Twitterで投稿していた将棋漫画の1カット Ⓒ杉野アキユキ

 

――キャラクターの行動や気持ちが読者に共感されたということですね。

最初にTwitterでバズったのは、将棋の駒同士が人間のように会話する話ですね。なんでこんなに良い反応なんだろうと自分でも不思議で、周囲にいろいろ意見を聞いてみました。すると、コマの会話や動作が人間臭くていい、と言われたんです。将棋の駒には動き方にそれぞれ特徴があるのですが、そのキャラが個性として立っている。絵的な表面上の要素だけではなく、会話の中で将棋の駒からにじみ出る個性や人間臭さが感じられるというわけです。

そこでキャラクターを明確にすることに気をつけて描いているうちに、登場人物がこういう会話やこういう仕草をすると読者からはこういうリアクションになるんだ、ということが少しずつわかってきたのです。

――『ディストピア』も、個々の登場人物のキャラクターが際立っていますね。特に女性陣には、魅力的な人物が多いですね。

『ディストピア』には表裏がある人物が多いので、リアクションの中で正体がばれないように気を付けています。いかにもこれが伏線です、みたいな行動をすると読者に正体を見抜かれてしまいますからね。その中で女性キャラに関しては、個人的には頭が良くて元気あるタイプが好きなのかなと思います。颯太の妻の愛梨もそんな感じで、好きなキャラクターですね。最初は少し目つきもきつかったんですが、Nさんからは優しそうな方がいいなどアドバイスをいただいて、セクシーさも出てきたと思います。愛梨に関しては、自分も描きながらこの人のことをもっと知りたくなるという感覚がありました。

――その魅力的な愛梨が、やがて変貌していく展開も。

どう変わっていくのか、ぜひ楽しみに読んでいただきたいです。そのシーンには結構セクシャルな描写が入ってくるんですけれど、Nさんからもアドバイスをいただきながら、愛梨の感情の変化を重点的に描くようにしました。そのシーンは本作の肝というか、颯太の心が「崩壊」する瞬間です。そして颯太が持っていた何かが明確になっていく。人間がおおっぴらに話せないもの。人間本来の欲望とか変態性が晒されたりする。

私は、そこで葛藤する人間ドラマみたいなものが好きで、そういう部分をエンターテインメントにしたいという思いで、この作品を描いているところがあります。

▲前2カットの明るい雰囲気とは対照的に、普通のセリフを意味深な一言に思わせる愛梨の描写が目を引く
杉野アキユキファンギルド

 

人間の葛藤をリスペクトして、エンターテインメント化する

――人間が奥底に持つものがオープンになるわけですね。

例えば、男性なら下着フェチのかたもいますよね。女性の裸よりも下着姿のほうにエロティシズムを感じる人もいる。さらにいえば、女性が下着を着ている姿よりも、ベランダの物干ハンガーに下着がぶら下がっている光景のほうがフェチシズムを覚える人もいる。

面白いのは、無機質にただ吊るされている下着を見るよりも、その住人が着ている姿を想像することでエロティシズムが成立する人もいるんですよ。

江戸川乱歩の作品ではないですが、そういう人間の奥底がリスペクトできるわけで、その部分を描きたいと思っています。もちろん自分が描きたいのはエンターテインメントであり娯楽作品なので、哲学的で高尚なストーリーではなく、「これいいよね、ドキドキするよね」と読者に思っていただければありがたいです。

――以前からそういう傾向の作品を描かれていたんですか?

東京に出てくる際に、ある出版社に持ち込んだ漫画がそういう作品でした。高校生の話なのですが、ある男子高校生が担任の女教師が教室でセックスをしているのを見てしまう。すると、その高校生は女教師からプレゼントとして下着をもらう。そこからストーリーが転がって…という展開なのですが、その作品で初めて奨励賞をいただいたんです。こういう面を出していくと漫画家になれるんじゃないかなと、方向性が絞れてきたんですね。

――ある種の願望や欲求は誰にでもありますからね。

『ディストピア』で描いているような願望って、男女問わず、ある人にはあると思うんですね。コンプレックスであるかもしれないけれど、黙っているよりは、オープンにして意見交換したり評価してもらってもいい。実際、そういうことを話し出すと、なんか親が深夜ドラマのきわどいシーンを子どもに見せないように、チャンネルを変えるみたいなことになるじゃないですか(笑)。でも、Nさんも言ってくれるのですが、実は人間はこういうのが好きですから、と。みんなが潜在的に好きだから、電子コミックとしておかげさまで上位ランキング入りしたと思いますし。

――人が潜在的に好きなものを描いた作品が人気になるのですね。

オープンにしたときの葛藤が面白いわけですよね。例えば、自分が街を歩いているときの「目線履歴」を、あるきっかけで別の人間が見ることができるようになったら、と思うとすごく恥ずかしいですよね。

お前どこ見てるんだ?みたいなことを言われたりして、自分の欲望や願望がばれていく。ここで葛藤が起きるわけです。私は、その葛藤をリスペクトして、エンターテインメント化することに興味があるんです。もちろん、性的なテーマだけではなく、人が迷っていたり、喧嘩をしていたりする場面にも葛藤はある。そういうシーンを目にすると、結構うれしくなってしまうところがあります。

――その意味で自分に影響を与えたと感じる作家や作品はありますか?

押見修造先生はずっと好きでした。『悪の華』も地味な男子中学生が女子の体操着を盗んでしまったところを別の女子に目撃されて逆らえなくなり、いろいろ強要されていくなかで背徳願望や性的な欲求をさらけ出されてしまうという話で、すごく面白かった。押見先生も若いころはちょっとエッチなギャグ漫画を描いていたんですよ。

悪の華(1)

著者:押見修造
発行所:講談社
価格:472円(本体429円+税)
発行日:2010年3月
ISBN:9784063842777

 

――嗜好や願望を前面に出すときに、読者に受け入れられるように何か工夫はされているのでしょうか?

頼りにしているのは、妻ですね(笑)。ニュースで騒がれるような事件があると、こういうことをする男の人の気持ちってどう思う?とか女性目線では気持ち悪いの?とかいろいろ聞いて、アドバイスをもらいます。

作品に関しても意見をもらいますね。例えばある女性が殺されるシーンがあるのですが、最初は泣き叫びながら殺されるシーンを考えていました。でも妻に読んでもらって、泣いている女性を殺してしまうのは良くないのではないか、とアドバイスをもらったんです。確かになるほどと考え直しているうちに、むしろ殺される女性が喜んで運命を受け入れるようなポジティブな要素もあるなと思ったんです。描き直したシーンは妻にも肯定してもらえました。

――Nさんも「杉野さんって結構ギリギリのシーンを描かれますけど、女性に対しての優しさもありますよね」とおっしゃっていました(笑)。

自分で言うのもなんですけど、優しいかもしれないですね(笑)。もっと本当はえぐい描き方をしてもいいのでは、もっと残虐な悪人に描いてもいいのでは、と思うときもあるのですが、そこの領域まで行けないところがどこかあったりします。そこが私自身の持ち味でもあるかなと思うようにしています。

何か、すごい作品を描こう!とはあまり思わないようにしているんです。「誰かの人生を変える一冊」とか「歴史に残る大傑作」を描こうとあえて思わないようにしています。等身大というか、本当に自分の目の前にあってちゃんと描けそうなテーマを描こう、というイメージですね。でも今後の『ディストピア』は、「これまで描けなかったけれど、めっちゃ描きたかったシーン」が描けそうなので、自分自身も期待しています。