※本稿は『日本史の詰んだ人図鑑』(サンクチュアリ出版)の一部を再編集したものです
「詰んだ」瞬間こそが、逆転劇への第一歩だった!


第5章 追いつめられて詰んだ人

ジョン万次郎
・時代:幕末~明治時代
・生没年:1827年~1898年
・出身地:高知県
・肩書き:漁師、幕臣、英語学者
・別名:中浜万次郎
・経歴:漁に出て遭難し、アメリカの捕鯨船に救助される。アメリカで教育を受けて帰国し、翻訳や通訳、アメリカ文化の紹介などで活躍した。
漁に出て遭難し、無人島でおしっこを飲む!
万次郎が生まれたのは江戸時代後期。まだ日本は鎖国中でした。8歳で父親を亡くし、貧しい生活をしていた14歳の万次郎は、出かせぎで漁に出ます。ところが運の悪いことに、暴風雨にあって遭難し、どこだかもわからない海のど真ん中を漂流することに!
数日流されて、万次郎をふくむ5人の仲間がたどり着いたのは、故郷の土佐(高知県)から遠く離れた鳥島でした。東京からはるか南、八丈島と小笠原諸島の間にある島です。そこにはイタドリという草以外食べられそうな植物はありませんでしたが、幸い動きのにぶいアホウドリがたくさんいたので、万次郎たちはその肉や卵を食べて飢えをしのぎました。
しかしこまったのはのどが渇くことです。島は水をたくわえる力がなく、雨がふらないかぎり飲み水が手に入らなかったのです。卵のカラや貝がらを受け皿にして水をためますが、雨がふらない日が続き、いよいよ万次郎たちに限界がおとずれました。
こまった万次郎たちがどうしたかというと、「ええい、こんな状況で気どってられるか!」と自分のおしっこを飲んだのです。究極とも言える自家製ドリンク……! しかし、そもそも飲む水がないのでおしっこすら出なくなってしまいました。さらに追い打ちをかけるように、万次郎たちを絶望させる出来事がありました。アホウドリが冬の子育てシーズンを終え、1羽残らず島を離れてしまったのです。
飲み水どころか、もう食べる物もありません……。
猛勉強して日本とアメリカの架け橋に!
無人島生活143日目め。イヤな空気がただよう無人島に、とうとう光が差しました。船が通りかかったのです! 万次郎は着物をぬいでふりまわし、必死にアピール。そして、ついにアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に助け出されました。
無事救助されたものの、当時の日本は鎖国中。外国の船は追いはらわれるので、日本に近づくことはできません。船はそのまま航海を続け、途中、安全なハワイで4人がおり、万次郎だけは船の旅を続けることになりました。最年少ながら一番よく英語をおぼえ、まじめだった万次郎に心を動かされた船長が、「この子をアメリカで育てたい」と考えたのです。
万次郎は船の名前から「ジョン・マン」と呼ばれ、船乗りの仲間入りをします。アメリカ本土に上陸すると、船長の子としてくらしながら、英語や数学、船乗りに必要な測量や航海術を学びました。故郷では貧しくて寺子屋にも通えなかった万次郎ですが、ここでは首席になるほど学業優秀だったそう。
学校を卒業した万次郎は、再び捕鯨船に乗り、世界をめぐる旅をしました。そして遭難から10年後、ついに日本帰国を果たします。日本に戻った数年後には黒船が来航。大さわぎになった日本で、アメリカを知る万次郎は大活躍しました。幕府に呼ばれて通訳や翻訳をこなし、船づくりの指導や航海術の伝授も任されました。貧しかったひとりの少年は、日本とアメリカをつなぐ架け橋となったのです。
書誌情報

監修:本郷和人、イラスト:小豆だるま、執筆:東滋実
発売日:2026年3月
発行所:サンクチュアリ出版
定価:1,320円(税込)
ISBN:9784801401655
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