講談社タイガの創刊に携わり、編集者として多数の話題作を世に送り出してきた河北壮平さん。この2月には、創刊58年という伝統ある「小説現代」の編集長に就任しました。
当初は戸惑いのほうが大きかったという河北さんですが、「その不安は杞憂だった」と言います。メディアミックスなど新たな企画にも果敢に取り組んできた氏が、小説と小説誌の秘めた可能性をどう引き出していこうとしているのか。エッセイを寄せていただきました。
- 小説現代 2021年 07月号
- 著者:
- 発売日:2021年06月22日
- 発行所:講談社
- 価格:1,200円(税込)
- JANコード:4910047570717
小説誌と文芸編集者のこれから
2021年、2月。「小説現代」編集長を拝命した僕は、途方に暮れていた……。というのも、僕はこれまで、「講談社ノベルス」や「講談社タイガ」などの編集者・編集長として、講談社文芸の中で、若者向けの尖った作品や、ミステリを中心に手掛けていたからだ。
特に「講談社タイガ」はまだ創刊6年目ながら、この春から放送の連続ドラマ「ネメシス」(日本テレビ系)に複数の小説家が脚本協力をしつつ6冊の小説を連続刊行する、といった業界初の試みを筆頭に、連ドラ化、映画化、アニメ化、漫画化など、メディアミックスにも恵まれた、日本で最先端の文庫レーベルだと自負していた。
一方、「小説現代」は、王道にして老舗の講談社の看板小説誌。読者層も違えば、扱う作品の質も随分と変わってくる。しかも今の時代に、紙の小説誌をどうやって編んでいくべきなのか……。が、結果的に、僕の不安は杞憂だった。これがですね、小説誌ってめちゃくちゃ面白いんですよ。
今、文芸書は中々厳しい状況にあり、一冊一冊丁寧に作り、宣伝し、送り出し、育てていかねば読者に届かない。原稿依頼から脱稿まで数年、脱稿後も、書籍の発売まで半年かけることも当たり前になっている。だけど、小説誌は、企画から実現までのステップが圧倒的に早いのだ。まして、「小説現代」はリニューアルを経て、ただの原稿集稿雑誌ではなく、新しいことにチャレンジするための土台と風土が出来上がっていた。
僕は小説家という職業は、エンタメ業界の中でもトップクラスの才能だと思っている。まず、たった一人で物語を完結させられる媒体はほとんどない。にもかかわらず、ほとんどすべてのエンタメは、シンプルなテキストデータから生まれる。制作に何十億円かけるハリウッド映画だって、最初は脚本の開発からだ。
そして、今の時代ほどユーザーが文字を読んでいる時代はない。スマホで、PCで、SNSで、こんなに大量の文字が飛び交う時代はかつてない。媒体が増えれば、物語の需要も上がる。上質な物語を創作できる小説家という才能が、世の中で求められるのは当然の帰結だ。
では、その小説家のパートナーとなる編集者はどうなのだろう。かつて、「編集者は才能取り扱い業だ」と教えてくれた大先輩がいた。僕たち自身には才能がなくていい。才能をどう扱うべきかを考えるのが編集者だ、というのだ。そういう意味では、僕たち文芸編集者は、小説家の才能をこれまで以上に上手くプロデュースする方法を考えねばならない時期に来ている。
僕は小説が好きで、小説を愛しているからこそ、文芸編集者になった。だが、今は小説をもとにしながら、小説の魅力を伝えるために、もっともっと外の世界とつながることが求められている。ひょっとすると「編集者=集めて編む者」という言葉自体をアップデートするべき時代なのかもしれない。
さて、そんな今の自分の思いが、一番実現できるフィールド……あ、小説誌だ。そうか、「小説現代」なのだ。ひょっとすると僕が最先端だと感じていた「講談社タイガ」と同等かそれ以上に、「小説現代」は自由で可能性のあるフィールドなのだ。
これからの小説誌を構成するのも、もちろん小説だ。だけど、そこで完結するものではない。小説には可能性がある。小説にはそれだけの価値がある。映像化されてもいい。舞台になってもいい。音楽になってもいい。朗読されてもいい。そして、結果として根幹にある小説が、もっと多くの人に愛されればいい。物語は自由で、小説はどこにだって行ける。
「小説現代」という歴史ある飛行場から、どんな新しい飛行機が、どこまで遠くに飛び立つことができるのか、楽しみに見守ってください。
講談社「小説現代」編集長
河北壮平 KAWAKITA Souhei
大阪大学工学研究科中退。2003年講談社入社。漫画部署を経て2007年より「文芸第三出版部」勤務。「講談社ノベルス」「講談社タイガ」などの編集長を経て、2021年2月より「小説現代」編集長に。
(「日販通信」2021年7月号「編集長雑記」より転載)