美食お嬢様コメディの快作
SNSのリール動画や年始のバラエティ番組で「超一流の!」みたいな金ピカのうたい文句とともにデデーンと出てくる高級品は、眺めているうちに目がチカチカしてくるが、実はそこまで別世界の夢物語じゃないかもとお調子者の私はたまに考える。ひたすら歩けば、そのうち出合えるような気がするのだ。
『没落麗子のシンデレラグルメ』の元社長令嬢・“西園寺麗子”は、そんな「最高級の世界」をいつでもどこでも、どんな状況でも呼び出せるスーパーハイエンドな女性。つまり最高級の世界に向かって歩く必要すらなく、世界の方から彼女に寄っていく。実にイカしたマンガだ。

かつては「超」が10個くらい付くような令嬢だった麗子は、父の事業の失敗にともない、現在は肉体労働のアルバイトで汗を流す日々。その姿を見てほしい、泥んこの作業着姿でも頬はバラ色。そして彼女の汗を吸うのはタオルではなく清潔なハンカチ。一人称は「あたくし」。
そんなエレガンスあふれる麗子だが懐事情はもちろん厳しい。月収15万円で足立区の家賃4万円のアパートに暮らし、西園寺家のために貯金しつつ給料日前日の所持金は300円。ギリギリだ。でも彼女は月に一度だけ自分に許す「ある楽しみ」で、その気高さを保っていた。

毎月1品だけ「高級食材」を食べることが、今の麗子の喜び。かつて最高級のものに囲まれ暮らしていた麗子は知っているのだ、世の中のすべてに「最高級」があり、それはお手頃価格の世界でも同じであることを。
お値段は市販のお豆腐の約20倍!
給料日は、麗子が高級食材でお夕飯を作り、お嬢様の魔法にかかる大切な日だ。通称「シンデレラグルメの日」。一夜限りのお嬢様というわけだ。

シンデレラグルメのルールその1は「使用する高級食材は1つだけ」。その他の食材は質素に「お安い方」を選ぶ。もうひとつ彼女が自分に課したルールがある。

シンデレラグルメの大切なルールその2は、「5000円以下の高級食材を選ぶこと」! そう、お豆腐の世界にも最高級があることを、お嬢様はちゃんとご存じなのだ。
そして高級食材の楽しみ方もとてもいい。

そうそう、高級食材は歴史と物語の宝庫。口に運ぶ前からおいしさが始まる。岐阜県白川郷の湧き水と国産大豆で作られた伝統の「深山豆富さんの石豆富」の情報を噛みしめてどんどん令嬢化する麗子。お嬢様回路がドライブしまくった麗子が最終的につぶやく「一言」が最高だった。
なお、各話に登場する気品あふれる高級食材たちは、原作者のまえだたかひろ先生によるコラムでも愛情とユーモアたっぷりに紹介される。食材によってはQRコードから直接購入もできる。手厚い美食マンガだ。
あたくし正気かしら
さて、麗子お嬢様のお嬢様らしさはここからが本番だ。高級品の石豆富を手に入れたら、たいていの人は「素材を活かした食べ方」をするはずだ。「まずは塩だけで」とか。
でも麗子は「本物のお嬢様は食べたいように食べますわ!」と麻婆豆腐をワイルドに作る。

小さなキッチンで手際よくお料理。ついでにかつてのお嬢様ライフや苦いメモリーが頭をかすめるが、そんなことよりシンデレラグルメが大切。
ちなみに麗子は高級食材には敬語で接する。で、敬語を使うくらいだから「こんな最高級豆腐で麻婆豆腐を作るなんて、あたくし正気かしら……?」と、さすがのお嬢様も迷うのだ。この迷いがとてもいい。夢と現実、富豪と庶民との間を行ったり来たりする。

彼女をあるべき姿に戻してくれるのは、幼い頃に父から教わった西園寺イズム!(こちらのお父様は、ロシアの蟹工船やバングラデシュの縫製工場でグローバル&がむしゃらに働いていらっしゃる。おひげも健在で見るたびにホッコリする)

ここまで覚悟を決めて麻婆豆腐を作ったことは、庶民の私にはない。まさに桁違いの世界だ。このあとの食レポもエレガントで美しい。麗子と同じ料理を実際に作った人にしか書けないセリフのオンパレードでおなかがすいてくる。
こうして月に一度のシンデレラグルメは続く。

麻婆豆腐に石豆富を投入したあの夜のように、麗子が自分に感じた狂気もちょいちょい再燃する。読んでいるうちに私にもどっちが正気なのかわからなくなるので痛快だ。
ただ、麗子は「気品とは何か」を全身で知っている最高級の人間だ。「お金が全てじゃない」なんて言葉が、こんなに美しくフィットするお嬢様はそうそういない。
国際色豊かな職場で、ある出来事を目撃した麗子は、月に1度の大切なシンデレラグルメで「おもてなし」を考える。

なんて尊いページなのか。最高級サフランのグラムあたりのお値段に腰が抜けそうになったが、いろんなところに麗子の魔法を感じた。美食お嬢様コメディの快作だ。
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(レビュアー花森リド)
- 没落麗子のシンデレラグルメ 1
- 著者:まえだたかひろ あおいりか
- 発売日:2025年12月
- 発行所:講談社
- 価格:792円(税込)
- ISBNコード:9784065417232
※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2026年1月27日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。

