真っ暗な部屋の中で、揺れる炎にぼんやり照らされたバースデーケーキ。ろうそくを吹き消す特別な瞬間は、写真にも映像にも残せない、自分だけの大切な記憶--。
俳優・松井玲奈さんによるエッセイ第3弾『ろうそくを吹き消す瞬間』が、1月30日(金)に刊行されました。食べること、お芝居をすること、そして自分の思いを文章に綴ること。全47編には、松井さんの“幸せ”がたっぷり詰まっています。エッセイ集が生まれた経緯、思い出深い一編について、松井さんにお話を伺いました。


『ろうそくを吹き消す瞬間』
著者:松井玲奈
発売日:2026年1月30日
発行所:KADOKAWA
定価:1760円(税込)
ISBN:9784047386983



“幸せ”は、バースデーケーキのろうそくを吹き消す瞬間
--『ろうそくを吹き消す瞬間』は、松井さんにとって初の全篇書き下ろしエッセイです。刊行の経緯、1冊を通してのテーマを教えてください。
今回のエッセイ集は“幸せ”にフォーカスしています。以前、SNSで旅行の写真をシェアしようとしたときに、身近な人から「それって幸せ自慢になってない?」と言われ、その言葉に驚いたことがありました。
今では幸せなことや人に共有したいことを、SNSで発信するのが日常になりつつあります。でも、考えてみると、かつては家族や友達と会ったときに個人的にシェアしていたものだったと思います。そう気づき、今回は“幸せ”や目に見えなくて形のわからない感情にフォーカスしてエッセイを書こうと思いました。
--執筆期間はどれくらいかかりましたか?
2冊目のエッセイを刊行してすぐに、3冊目のお話をいただきました。2024年10月から書き始めて……え! 8月にはもう書き終えていたので10か月ですか! そんなに短い期間で書いていたなんて、今気づいて自分でもびっくりしました(笑)。
--『ろうそくを吹き消す瞬間』というタイトルの由来を教えてください。
タイトルを決めるにあたって、「“幸せ”って、どんな瞬間なんだろう」と考えたんです。そのときに思い浮かんだのが、バースデーケーキのろうそくを吹き消す瞬間でした。
誕生日に、みんなが注目する中、ろうそくを吹き消す瞬間ってその場が幸せに包まれますと思うんです。でも、その瞬間は写真に切り取ることができず、その場にいる人たちの目と記憶にしか捉えられません。だからこそ、より一層大切な時間に感じられます。
一瞬で消えてしまうけれど、心の中に留めておきたいものはある。そんな思いを、『ろうそくを吹き消す瞬間』というタイトルに込めました。

幸せは人から与えてもらうもの!心の余裕がなければ受け取れない
--今回は書き下ろしなので、連載とは違って締切や各編の長さなどの自由度が高かったのではないかと思います。これまでの連載形式との違いについて教えてください。
連載の場合、「いつまでに」「どれくらいの分量を」という枠組みがはっきり決まっています。その形式が私には合っていると感じていましたが、今回は初めての書き下ろしということで、なんだか急に大海原に船で漕ぎ出してしまったような気持ちでした。
ただ、文字数の制限がない分、これまでは決まった分量の中で流れを作っていたところを、1ページにも満たない短い文章を差し込んだり、逆に少し長めに書いたりできて。エッセイ集全体にリズム感が生まれましたし、ぎゅっと短く凝縮した文章だからこそ伝わるものもあるなと思いました。他の方のエッセイ集で、短い一編が織り挟まれているものを読み、ちょっとした憧れを抱いていたので、挑戦できてよかったです。
漕ぎ出した当初は「どうしよう、泳ぎ方も船の漕ぎ方もわからないかも」と不安がありましたが、最終的には自分が行きたい目的地までたどりつけた感覚がありました。今は、初の書き下ろしをちゃんと書き切れたという達成感を覚えています。
--エッセイのアイデアはどんなときに浮かんできましたか? 日頃、創作のために習慣にしていることはありますか?
面白いものに触れたときに一番創作意欲が湧きます。エッセイや小説、映像、舞台などから刺激を受けると、「私もいいものを作りたい」という気持ちになります。
また、エッセイは日常を切り取って書いているので、人と会ったときにもアイデアが湧きやすいです。ただ、「今日友達と話したことをエッセイに書いたら嫌がられるかな」という心の中のせめぎ合いもあって(笑)。ですから、まずは日記に書いてみることが多いです。エッセイを書くときに、その日記を振り返って強く印象に残っているものをあらためて文章にすることもあります。日記に書き残していなくても、心の中に残っているキーワードや情景を引っ張ってくることが多いです。

--人と会ったときにアイデアが生まれるのは、これまで気づかなかった考え方や物の見方と出合えるからでしょうか。
そうですね。気づかされる部分と考えさせられる部分があるような気がします。たとえば友達から「生まれてきたからには意味があると思うの」と真剣に言われ、「あ、私、何も考えていなかったな」と思ったことがあって。帰り道に、「あれってどういう意味なんだろう」と考え続け、頭の中を整理するためにエッセイにしてみました。
海外旅行に行くお友達からお土産のリクエストを聞かれ、「気を遣わないで」と返したところ「気を遣ってるんじゃないの、お金を使うのよ」と言い切られたときもクラクラしました(笑)。すごくかっこよくて、「こういう大人になりたいな」と思って。そういった、日常の中で受けた小さな衝撃や刺激を書き留めておきたいと思うんです。
--なにげない日常の中で幸せを感じるために、普段から心がけていることはありますか。
幸せって、自分がもたらすものというより人から与えてもらうものなのかなと今は思います。誰かに何かをしてもらったり、サポートしてもらったり、楽しい時間を共有したり。映画や本などの作品を見て「わ、すごい。良いものを見た。幸せだな」と思うのも、誰かがそれを作ってくれたから受け取れるものだと思うんです。だから、常に「受け取る気持ち」を持てるように、心を広くしておくことが大切なのかもしれないです。
心に余裕がなければ、差し出されたものを受け取ることもできません。受け取れたとしても、心が動かず「全部面白くなかったな」となりがちです。人と会うときも、作品に触れるときも、ほんのちょっとでいいから心に余裕を持っておくことが大事なのかな……なんて思いながら、いつもフラフラ生きています(笑)。
自分の中にある小さな幸せを、少しずつ発信していきたい

--収録されたエッセイの中で、特別な一編を挙げるとしたらどれでしょうか。
「ろうそくを吹き消す前に」は、タイトルが先に浮かんだからこそ生まれたエッセイで、最後から2番目くらいに書いたものなんです。「これまで書いてきたことをすべて集約させたのが、このエッセイかもしれない」と思いながら書いたので、やっぱり一番思い入れがあります。
「決意表明」も印象に残っています。自分の書いたエッセイに対し、「これ、ライターさんが書いたんですよね」と言われたときの話で、書きながら当時の悔しさを思い出しました。でも、その悔しさが「自分はこれからどうなりたいのか」という道しるべを作ってくれた気もして。読んでくれる方々に「私はお芝居もずっと続けていくし、書くこともやめない」とはっきり明言できたのは、自分にとってすごく大きな変化だったなと思います。言ったからには逃げられないなという思いもありますけど(笑)。
楽しみながら書いたのは、兄の結婚式について綴った「私のヒーローはヒップホップスター」です。楽しみながら書きましたし、家で声に出して確認しながら読んだときも、自分で笑っちゃうくらい面白くて。書いていても読んでいても、すごく楽しかった思い出の一本です。
--一冊を書き終えて、「自分ってこんな人だったんだ」「こんなことに幸せを感じていたんだ」と、あらためて気づいたことはありますか。

食べ物のことを書いているときが、一番幸せそうだなと思いました(笑)。
あとは、これまでのエッセイでも子どもの頃の話はたくさん書いてきたんですが、今回は特に幼少期の思い出が多かったなと感じました。その出発点をたどっていくと、両親がいつも忙しくて一緒に過ごす時間が取れなかったことなんです。だから、「見てほしい」「かまってほしい」「何かしてほしい」という気持ちが満たされたときに、「自分はここにいるんだ」「認めてもらえたんだ」という幸せにつながっていたんだなと思いました。「子どもの頃はあまり言葉にしてこなかったけれど、実は私、寂しかったんだな」と、過去の自分の気持ちをあらためて知ることができたのは、大きな気づきでした。
それと同時に、今後エッセイを書くときは、もう少し先の記憶も掘り起こしていかないといけないと思いました。中高時代の話は、全然書いていないんです。このエッセイ集で幼少期は一度書き切ったということで、次に進みたいなと思っています。
--このエッセイを書いたことで、幸せとの向き合い方に変化はありましたか?
今回のエッセイ集の出発点になった“幸せ自慢”については、まだ明確な答えが出ていません。でも、受け取る側それぞれに幸せについての価値観、幸せを発信することへの思いがあるので、振り回されることなく自分は自分の軸で大切にしたいものを守っていけたらと思います。自分の中にある小さな幸せを、少しずつエッセイなどの形で発信していきたい。そんなふうに考えるようになりました。
取材・文:野本由起/写真:TOWA/ヘア&メイク:菅井彩佳/スタイリング:船橋翔大