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『ニューノーマル』という新鮮で普遍的な漫画について 著者・相原瑛人×書店員・池本美和

話題作『ニューノーマル』を著者と書店員が語る

舞台は、大規模なパンデミックが起きた後の世界。マスク着用が義務化された時代に生まれ、家族以外の素顔を見たことのないまま育った高校生の男女が、ひょんなきっかけから小さな秘密を共有するようになり、少しずつ距離を縮めていく……。

相原瑛人さんの漫画『ニューノーマル』が、Twitterに公開されたショートストーリーで大反響を呼んだ後(※)、電子コミックレーベル「コミックアウル」で連載化、7月に発売された紙の単行本も売れ行き好調です。

※公開時のタイトルは『君と僕のくち』

話題になった理由は「パンデミックの影響で、マスクで口元を隠して過ごすのが当たり前になった」という設定と、そんな世界だから「お互いの“くち”を見てしまう」のは一大事!というありそうでなかった発想……なのですが、それはまだまだ面白さの入口にすぎません。

今回お届けするのは、著者の相原さんと、書店員であり、アツい漫画読みの一人でもある池本美和さんの対談です。日々数多くの漫画に接するなかで『ニューノーマル』に出合い、「これは売れる!売ろう!」と決めたという池本さん。『ニューノーマル』のどんなところに惹かれたのか、そして相原さんは『ニューノーマル』をどんな思いで執筆しているのか。ぜひご覧ください。

相原瑛人(あいはら・あきと)※写真右
持ち込み等を経て2017年、講談社「モーニングゼロ」にて奨励賞を受賞。2018年より「週間Dモーニング」にて『美魔女の綾野さん』(モーニングKC・全2巻)を連載し、好評を博す。2020年12月よりファンギルド「コミックアウル」にて『ニューノーマル』連載中。

池本美和(いけもと・みわ)
学生時からオリオン書房にて勤務。コミック担当歴10年+α。現在は㈱リブロプラス 商品部に所属(BOOKグループ コミック担当)。「思春期SF」ジャンルは大好物です!!!




「読んですぐ、これは“今読まれるべき漫画”だと思った」

相原: オリオン書房ノルテ店での展開、拝見しました。棚の隅っこにでも色紙を飾ってもらえていたらいいな、あわよくば単行本を平積みしてもらえたらうれしいな……くらいに思っていたので、本当にびっくりしたし、うれしかったです。『ニューノーマル』でひとつのコーナーができていて、思わず担当編集のQさんに「ここに住みたい!!」と連絡しました(笑)。力を入れて売ってくださって、ありがとうございます。

(写真協力:オリオン書房ノルテ店)

池本: 新レーベルの単行本第1号、しかも電子コミックのレーベルということで、書店員としては、どれくらい売れるのか、店頭でどんなふうに並べるといいのか未知数ではあったんですよね。でもゲラをいただいて読んだ時に、「今」だからこそ描かれた漫画で、「今」多くの人に読んでほしい漫画だ、これは売れると感じました。もちろん、それを差し引いてもめちゃくちゃ面白いんですが……。Twitterに公開されたプロトタイプ(『君と僕のくち』)を描いたのはいつ頃ですか?

相原: Twitterで公開したのは昨年の8月中旬ですが、アイデアとしては春頃からありました。緊急事態宣言が発出されて、マスク着用が呼びかけられるようになり、一時は全国的にマスクが入手困難になり、人々の価値観はきっとこれからどんどん変わっていくんだろうなと感じていました。その中で、たとえばムスリムの女性がヒジャブを着けるように「『“くち“を覆い隠すこと』に価値が見いだされる可能性もあるんじゃないかな」と思ったんです。

池本:『ニューノーマル』は「ありそうでなかった漫画だ」という印象が強いです。

相原: 僕自身も、ある意味そう思っています。実は、アイデアが生まれてもすぐには描かなかったんですよ。新しい作品を準備している最中だったし、「きっと同じようなテーマで誰かが描くだろう」と思っていたので。でもしばらく経って時間に少し余裕ができた時、調べた限りではまだそういう作品は発表されていないようだったので、息抜きのつもりで描いてみたんです。

池本: 別の作品を準備中だったんですか。

相原: それもたまたまですが、コミックアウルのローンチに合わせた新作の仕込みをしていたんです。担当編集さんには、僕が成人向け作品を描いていた頃からかれこれ7年間お世話になっていて、その縁で「コミックアウル立ち上げに合わせて、青年一般向けの作品を連載しましょう」という話になっていました。ギャグ系の作品を準備していたんですが、『君と僕のくち』の反響が大きかったので「コミックアウルでの1作目は、このテーマを連載ものとして膨らませませんか?」と僕のほうから提案しました。

 

「ありそうでなかった漫画」が世に出るまで

―― プロトタイプの発表が8月中旬で、コミックアウルでの連載スタートが同年12月4日。かなり急ピッチで準備を進められたのではないですか?

相原: そうですね。提案に対して担当編集さんからすぐに「編集長の了解も取れました。やりましょう」と返事がきたんですが、その次の言葉が「すぐにネームを作ってください」だったのでびっくりしました(笑)。通常の連載立ち上げなら、キャラクターの設定を練って、打ち合わせして、ネームを何度も直して、連載開始までに1年かかるなんて当たり前です。それに対して『ニューノーマル』は、9月にネームに着手して、2か月ほどで原稿を書き上げています。

(編Q)編集部としても、異例の速さで準備にかかりました。“新しい生活様式“も、ひとつ季節が過ぎるとまた大きく変わっているかもしれない。だから、できるだけ早く世に出したかったんです。この動き出しの速さは、電子コミックの編集部ならではかもしれませんね。それでも、僕たちとしては「4か月かかってしまった」と思っていますが。

池本: 私たち書店員は「刷り上がったものを並べて売る」のがメインの仕事なので、今、作品ができるまでのプロセスをお聞きしていてめちゃくちゃ面白いです。連載を早くスタートできたから、単行本もこのタイミングで出せて、私たちも時期を逃さずに売れているんだなあと思いました。

(編Q)紙の単行本を出すのも、なかなかハードスケジュールでした。もともと単行本にするつもりで連載はスタートさせましたが、確約はできずにいて。単行本化が決定したのが3月に入ってからなので、こちらの制作期間は3か月ちょっとということになりますね。

池本: 白地にブルーの題字でさわやかな印象の表紙なので、夏発売がぴったりだったと思います!

 

「第3話」で物語が一気に厚みを増す

相原: 池本さんは、『ニューノーマル』のどんなところを「いい」と思ってくださったんですか? それこそ新しいレーベルの単行本第1号だから、そこは「つまらなかったら仕入れない」というシビアな目で見てくださったわけですよね。

池本: もちろん、普段と変わらず、仕入れ担当としての目で判断しました。『ニューノーマル』はまず、表紙が最高です。夏らしい色遣いに手書き風の題字、そして、なんといっても大きく描かれたこの女の子が抜群にかわいい。口元を隠してこちらを見つめる視線と、来店したお客様の視線がカチッと合う気がしました。この絵に心を掴まれた人は多いはずですよ。「絶対に売り場で映える」と思いました。

相原: 僕もこの表紙はすごく気に入っていて、デザインが上がってきた時、いいとか悪いとかの判断ができなかったです(笑)。「頭の中でイメージしていたものがそのまんま具現化されて出てきた!」という感じでした。

池本: このシルバーの帯も、目立つけど主張が強すぎないですよね。表紙に関しては、私としては、もうこれ以上の正解が見当たらないです。

相原:「売り場で映える」という視点はなかったかも。このデザインにしてよかったです。

池本: それでいざ表紙をめくったら、内容も面白いわけですよ。読みながら“好きポイント”に付箋を貼ったんですけど……、見てください(笑)。

相原: たくさん貼ってくださってる! うれしいです。

池本: キャラクターが大写しになる見せ場では特に絵の力を感じますし、セリフのない場面には、思春期特有の淡い空気感が漂っている。本当にいいシーンが多いんです。

池本: それから、高校生同士のピュアな学園ラブストーリーかと思いきや、第3話「深呼吸」の終盤からSFの匂いが一気に濃くなって、不穏な空気が漂い始めるのもいいですよね。「お、これは甘酸っぱいだけじゃ終わらないぞ」って、さらにぐいぐい引き込まれました。雰囲気がいいだけじゃなく、しっかり読み応えがあるのが素晴らしいです。

相原: 僕自身も、第3話で雰囲気がガラッと変わったなと思います。当初は、主人公とヒロインの関係性だけで話が進んでいくような、小ぢんまりした感じでやっていこうかなと考えていたんですけど。

――『ニューノーマル』の初回更新は2話同時公開でしたよね。プロトタイプで描かれたエピソードの続きの構想は、最初からある程度あったんですか?

相原: いえ、プロトタイプを描いた当時は「お互いの秘密を共有する」という軸の部分があっただけで、それ以上の広がりは特に考えていなかったです。でも連載化が決まった時、「Twitterにアップした内容の延長線をただ描いたのでは、ワンアイデアものにおさまってしまって面白くないな」とは思っていて、そこから「秦くんや夏木さんはどんな生活を送っているんだろう?」と、キャラクターの人物像を考えました。でもストーリーに関しては、次話の内容があらかじめ決まっていることは基本的にないです。今でこそ単行本を出すことを前提に描いているので、少し先まで考えていますけど。イメージはたくさんありますが、描いてみてやっと、次の話を具体的に考えるという感じです。

池本: え~!! そのサイクルで描いて、この話の厚み……。てっきり、もうかなり先まで展開が決まっているものだと思って読んでいました。

相原: 際たるものが第3話のラストです。原稿を描き上げてまず担当編集さんと話したのが、「この次どうします?」(苦笑)。勢いで持っていった部分ではありますが、以降のハードSF的な展開につながりましたし、そのおかげで、後で出てくる「相良」というキーパーソンが活きたと思っています。

池本: 作者自身もまだ先が読めないなんて、ますますワクワクしますね。ハッピーエンドに向かうのかバッドエンドが待っているのか、全然予想できないです。

 

描きたいのは「どんなに世界が変わっても、変わらないもの」

―― コロナ禍の今描かれたということが、これだけの大きな反響につながっているのだと思いますが、漫画というエンタメでこの題材を扱っていることに対して、批判はありましたか?

相原: やっぱり、「なんだこの漫画は」と思って目に留まった方もいらっしゃるようです。でも、その中には「実際の未来を作るのは自分たちだから、しっかり考えて今を生きようと思った」という感想をくださった方もいて、僕のほうにも「こういう世界になったら面白いだろう」と茶化す気持ちはまったくありません。僕が描いているのはパニックものではなくて、パンデミックで世界が激変した後の「日常」であり、「そんな世界でも人と人は恋をする」というごく普遍的なことと、根源的なフェチズムです。そこを一番大切に描いているということが、読んでいただければきっと伝わるはずだと思うので、かなり自由に描かせてもらっています。あえて意識しているとしたら、「メッセージ性を持たせすぎないこと」かもしれませんね。

池本: 主人公の秦くんが、平凡なごく普通の男の子だというのも救われますよね。読者である私たちと同じラインに立っているというか。敏感であらねばならない感染症だということは理解しているんだけど、心のどこかで「本当に自分も感染するのかな」と思ってしまう気持ちがまだあって、きっと、自分の大切な人とか、自分自身に変化が起きた時にしか、本当の意味では実感が持てないと思うんですよ。

相原: 実際、志村けんさんの訃報で、新型コロナウイルスの威力を深刻に受け止めた人は多かったと思います。その頃はまだ重症化リスクはそれほど高くないといわれていたこともあって、「あんなに“死”のイメージから遠い方が亡くなるなんて」と、僕自身かなりショックを受けました。先ほど「そんな世界でも人と人は恋をするんだ」と言いましたが、それでも「そういう世界を生きている」ということを軽く描きたくはなくて。読者の皆さんにとって少ししんどいかもしれませんが、さらにその先には、覚悟をもって描くことを決めたエピソードも出てきます(※単行本第2巻収録予定)。僕は泣きながら描きました。キャラクターの成長だけでなく、僕にとっても、漫画家としてひとつ歩みを進められた回だと思っています。

池本: pixivで公開された“過去編”のエピソード(第11話)もぐっときました。

相原: 大人たちが騒いでいる時って、たいてい子どもは一見平然としているんですよね。平然としているんだけど、実は大人には見えづらいところで傷ついていたりするんです。秦くんたちが生まれる前の世界を描くだけではなくて、日常の変化を子どもの視点で描くことも目的の一つでした。これは『ニューノーマル』においては“過去編”ですが、僕たちにとっては、自分が生きている“今”の話だと思っています。

池本: 先ほど“普遍的“という言葉が出たように、10年、20年経っても古くならないテーマだと思います。10年後にまた読み返したら、どんなふうに思うんでしょうね。多層的でしっかり厚みがありつつ、余白がたっぷりあるのも「面白い」と感じた理由かもしれません。この“過去編”のエピソードも、第2巻に収録される予定なんですよね?

相原: はい、収録されます。

池本: 第1巻をチュートリアルとして、第2巻はさらに読み応えのあるシリアスな内容になりそうですね……。第2巻で「この漫画面白い!」と火がつく読者も多そうです。

―― 近未来を舞台に“普遍的なもの”を描くにあたって、意識していることはありますか?

相原: 近未来SFではあるけれど、この世界に自分の視点を置いて共感してもらいたいので、設定を今自分たちが生きている世界からどれくらい変化させるかの塩梅が難しいです。たとえば20年前と今を比べてみた時、機能面は進化していても「自動車で移動する」という交通手段はなくなっていないですよね。だとしたら20年後は、運転手なしで走るのが当たり前になっているかもしれないけれど、自動車という移動手段そのものはやはりなくなっていないんじゃないかとか。それにそもそも、パンデミックで人口が5分の1に減ってしまった世界に、技術を大幅に発展させている余裕はないかもしれません。そういうふうにまず想像して、「そんな世界で、秦くんたちはどんな学校生活を送っているだろう」と考えています。

池本: 部活のシーンも出てきますよね。ヒロインの夏木さんは陸上部で、主人公の秦くんはドローンレース部で。陸上部が続いている一方、新しい競技の部活もあって、それが「ドローンレース部」というのが絶妙だなと思いました。

相原: ドローンレースって、実際にあるんですよ。時速150km以上出るドローンでコースの周回時間を競うものや、動きの美しさを競うもの、いろんな競技があって、光や音を使った演出もかっこいいんです。「これは、あと何年か経ったらもっとメジャーなスポーツになりそうだな」と思いました。

池本: 逆に、あえて描かないでいるものはありますか?

相原: SNSですかね。あの世界でSNSがどんな位置づけになっているのかわからないので、今の時代だけかもしれない表現やツールの使い方は、作中に登場させないようにしています。

 

マスク姿でも心の機微が伝わる、相原瑛人の“絵の力”

―― 池本さんが最初におっしゃっていた「絵の力」についてもお聞きしたいです。

池本: コミックを売るにあたって「絵の力」って本当に重要なんですよ。ものすごく画力が高くて、緻密に描き込まれた絵が好きだ!という読者は多いですが、その一方で、漫画に「気楽に楽しめるエンタメ」としての存在を求めている読者も多いんです。どんなにおいしくても、味の濃いものを食べ続けることはできないのと同じで。そういう意味で相原さんの絵は、線がシンプルできれいで、それでいて「相原さんの絵だ」とわかるオリジナリティもあるので、とても読みやすいと思います。

―― 影響を受けた漫画家さんはいますか?

相原: 作品作りにおいて礎になっているのは、中学生の頃に読んだ漫画です。『ベルセルク』とか『多重人格探偵サイコ』とか、『銃夢』とか、しっかり描き込まれた絵柄が好きで、ストーリーもけっこうハードなものをよく読んでいました。それが高校生になると『あずまんが大王』や『ケロロ軍曹』のような、いわゆる萌え系の絵柄にハマって、20代前後でまたちょっと絵柄が変わって……。そういう変遷をたどっているので、根幹にはハードな作品の影響がありつつ、いくつかのまったく異なる系統が混じっているんですよ。

池本: そうなんですね。すごく納得しました。でも『ニューノーマル』は、『美魔女の綾乃さん』からもまた少し絵柄が変わっていますよね。

相原: 僕の成人向け作品や『美魔女の綾乃さん』をご存じの方は、けっこう落差を感じるかもしれませんね。実際に、違う作家だと思われていたこともあります(笑)。過去の作品を見てみると、『ニューノーマル』に比べて描き込みがすごく多いでしょう。僕自身が描き込みの多い作品が好きだったこともあって、とにかく描き込まなきゃ、という意識が強かったんです。その時その時の売れ線の絵柄というのもあるので、いつも試行錯誤していました。でも、いくら頑張って描き込んでも、いざできあがってみると全然魅力的に思えなくて、ずっと自分の絵が好きになれなかったんです。

池本: そこからどういう変化があったんですか?

相原: 半分落書きのつもりで漫画を描いてTwitterに投稿している時に、「あれ? 力を抜いて描いたほうの絵は好きかもしれない」と気付いたんですよ。それと、弐瓶勉さんの作品の影響も大きいです。弐瓶さんの漫画って、『BLAME!』の頃はすごく細かく描き込まれているんですが、『シドニアの騎士』『人形の国』といくにつれて密度がとれていくんです。必要最低限の線しか描かれていないのに、何が起きているのかも、世界観も雰囲気も全部わかる。これは絵を突き詰めた人にしか描けないものだと思って、ひとつの指針になりました。『ニューノーマル』では描き込みを抜いて、かなりラフに描いています。ようやく“自分の絵柄”が見つかったところです。

池本: お好きだったダークなSFの要素も盛り込まれているし、相原さんの新たな代表作になりそうですね。

相原: もうひとつ、作品の雰囲気や、男女の距離感を描くことに関しては、『ナナとカオル』を読んだ影響も大きいです。『ナナとカオル』を“SMを描いたフェチラブコメ”として認知している方も多いと思いますが、僕はこの作品は“最高の純愛漫画”だと思っています。こんなにまっすぐないい男いないだろうって、読んでいてたまに泣いてしまうくらい。2人の心の駆け引きが、本当に緻密に描かれているんですよ。

池本:『ナナとカオル』ですか、なるほど!! 『ナナとカオル』は、表情の描き方や見せ方も素晴らしいですよね。

―― 表情といえば、『ニューノーマル』は、顔の半分がマスクで隠されているにもかかわらず、キャラクターの一人ひとりが立っていて、感情の微妙なニュアンスもちゃんと伝わってくるのが印象的でした。

相原: もともとキャラクターの表情を描くのがすごく好きなんですが、『ニューノーマル』では特にこだわって描いています。おっしゃるように口元を隠しているので、「真顔だけれど目に不安が宿っている」とか、目だけでキャラクターの心情ができる限り伝わるように描く必要があるんですよね。人間の感情って喜怒哀楽にきれいに分類できないので、難しくもあり、やりがいもある部分です。緊張感の漂うシーンで汗が顔をツーッと伝う描写ってよく見ると思うんですけど、マスクをつけていると、それもなかなかやりづらいんですよね。

池本: 表情の描き分けのすごさは、第2話に出てくる「アプリで予想した夏木さんの素顔」でも特に感じました。夏木さんのことだとわかるけど、絶妙にズレていて、しかも本物の夏木さんのほうがかわいいっていう。

相原: 人相や表情については、成人向け作品を描いている時から培ってきたものでもあります。相手を受け入れているのか拒否しようとしているのか、表情が少し変わるだけでまったく違って見えるんですよ。その経験が今活きています。

 

「書店員の目利き」とは、つまり……

―― せっかくの機会なので、相原さん、池本さんに何かほかに聞いてみたいことはありますか?

相原: 書店員さんとの交流が多くないので、「書店で働いている人」「本を売ってくださっている人」というくらいの認識しかないんですよね。でも巷には、有名書店員と呼ばれる方々がいらっしゃるじゃないですか。池本さんは、今回のような対談も含め、独自に賞を創設するとか、メディアに出たりするお仕事もたくさんやってらっしゃるんですか?

池本: 取材していただいたり座談会に出たりする機会はありますけど、書店員とはそもそも「作家さんたちが作った本を店に並べて、お客様に提案する仕事」だと思っています。もちろん矜持をもって働いていますが、作家さんがいなければ私たちは何も売ることができません。作ってくださったものを私たちが売って、お客様に楽しんでもらう。それで全員がwin-winになるようにしたい、とシンプルに考えています。その本の面白さを伝えるために前に出てくることはあっても、書店員は、基本的には裏方です。選書に店それぞれの個性が出るのは事実ですが、私の棚を見てくれ、買ってくれという気持ちはないですね。お客さんと会話するのは、基本的には私ではなくて「棚」だと思っています。

相原: 売り場で読者の姿を実際に見ているというのが、書き手としてはうらやましいです。

池本: 出版社・ジャンル問わず広くたくさんの作品に触れていることと、売り場でお客様とじかに接しているのは、確かに書店員ならではかもしれませんね。お店の立地条件によって客層も変わってきますし、自分が「いい本だ」「売りたい、応援したい」と思うものと、実際に売れるもの、まとまった売上を作ってくれるものは、完全には一致しません。きちんと売上を作ることが大前提にあって、そのなかで自分のしたいことをするのが原則です。やりたいこととやるべきことのチューニングがうまくできている店が、「いい書店」なんだと私は思っています。

相原: そういう考えがベースにあったうえで、ああやってオリジナルPOPを作ったり、装飾をしてくださったりしているってことですよね。

池本: 会社として、店として求められているのは当然ながら「利益」なので、売れるものをしっかり売り、売れないものを見切るというのは、確かに一つの正解ではあります。でも、そこまで売れるわけではなくても「いい本」ってあるし、応援することでもっと売りたい。人気作品はしっかり揃えておきたいけど、一方で、コアな漫画好きに刺さる提案もしたいんです。棚との会話に慣れているのも、そういうお客様ですしね。どう折り合いをつけるかはいまだにはっきり答えが出ない部分なので、客観性とバランス感覚が本当に大事です。

相原: どれくらい好きなことができるかと、売れるかどうかのジレンマは、作家も同じですね。自分が描きたいものを描きたいという気持ちはまず一番にありますが、それが面白いか、読者に読んでもらえるかは別の話なので、「どうすれば面白いか」という視点は必ず持っています。『ニューノーマル』は、本当に描きたいように描かせてもらっているのでありがたいです。

池本: 自分の読みたいものと、読者の皆さんが読みたいものがマッチしているってことなんでしょうね。

―― 読んで面白さに気づいてもらうには、まず「見つけてほしい人にきちんと見つけてもらう」ことが重要ですよね。書店員さんの仕事でいうと「売り場作り」ということになると思うんですが、そのあたりについてはいかがですか?

池本:『ニューノーマル』は発売日からドンと大きく展開しましたが、一般的には新刊は、新刊コーナーに一区画ずつ、レーベルごとにまとめて並べるんですよね。

相原: なるほど。今回のような新しいレーベルの漫画や、新刊の発売点数が少ないレーベルの場合はどうするんですか?

池本: 読者層や作品のテイストが近しいところに並べますね。『ニューノーマル』だったら、ヤングマガジンとかビッグコミックスピリッツの近くに置くかもしれません。

 

『ニューノーマル』は第2巻からもっと面白くなる

―― 第2巻が隣に並んだらまた印象も変わるでしょうから、発売が楽しみですね。

池本: そうですよね。先ほどストーリー展開について伺っていて、本当に「第2巻がターニングポイントになる」と思いました。これは書店員としても大きな収穫ですよ。表紙は誰になるんだろう。

相原: あっ、じゃあ、ご意見も聞いてみたいので、現時点でのラフ画をお見せしますよ。4案あって、第一候補はこれなんですけど……。

池本: えっ!!! 最高じゃないですか! 第1巻と並んだ時の印象もばっちりですよ。これは読者の皆さん、期待して待っていてほしいですね。

『ニューノーマル』第2巻は2021年11月発売予定です! お楽しみに!!