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「あなたのお母さんは自ら命を絶って死にました」嘘をつけない変人心理学者が自殺遺児を育てることになり…?「普通の幸せ」から外れた3人が紡ぐ哀しくも可笑しな物語『ハコニワノイエ』

嘘をつけない人、空気が読めない人

言いづらいことの大半は相手にとって「指摘されたくないこと」だけど、『ハコニワノイエ』の主人公“天根清子(あまねきよこ)”は、飲み込むことなく口にしてしまう。

たとえば職場での恋愛話。なんてことない話なのだから「そうですね」と流せば5秒で終わるのに、清子にはそれができない。

「この笑顔は嘘だし、あなたに恋愛感情も持ってないよ」とバッサリ。あーあ、言っちゃった。その場が凍りつくのを感じてやっと清子は「はっ、言っちゃいけなかった」と気づく。

清子は心理学者で、空気が読めない人。空気が読めないのは、ある意味「人の気持ちがわからない(心理学者なのに)」とも言える? でも私は答えが出せない。なにせこんな場面を見ちゃうから。

周りに気にかけられず、本人すら見ないことにしている腹の底のマグマは、遅かれ早かれ爆発する。

でも、言われたくないことをこんなふうに冷静に指摘されると、ほとんどの人は逆上する。

わかる、つかみかかるよね。彼は“葵悠斗(あおいはると)”。悠斗は母親を自殺で亡くした。悠斗には幼い妹・“凜音(りおん)”がいる。そして頼れる親族はいない。悠斗の母親は清子にとって唯一の友人だった。

清子は悠斗と凜音を引き取ることにするが、はたしてこの3人、どうなるのだろう。

まだ4歳で母親の死を理解できない凜音に「今は遠くにいて会えないんだよ」と笑顔で言い聞かせる悠斗だってまだ14歳。そして自死遺児を預かる大人の清子は、とにかく嘘がつけない。

 

「この家に他人が来たことはありません」

清子は自分でも自分のことを「変わり者」だと自覚している。

そして、その変わり者っぷりを免除してもらえるほどの才能や、彼女を補う誰かがいないこともわかっている。それらぜんぶを受け入れて、清子は自分だけの箱庭のような世界でコツコツと生きている。

そんな小さな世界に悠斗と凜音はやって来る。高校時代の友人から17年ぶりに手紙が届いたと思ったらそれは遺書で、しかも「子供たちを引き取ってくれないか」と書かれてあったのだ。断ることだってできたかもしれないが、清子が子供たちの様子を見ると……?

悠斗の心を傷つける冷酷な親族に黙っていられない。そしてこんなことも言ってしまう。

たしかに間違った情報ではないけど、今それを言う? 清子の性格の特徴がわかるが、同時に彼女の正義感の強さもよくわかるエピソードだった。

こうして子供達二人を引き取ってみたものの、自己完結しまくりの清子が暮らす家はこんな感じ。

誰も来たことがないひんやりしたリビング、テキパキ話す清子、もちろん戸惑う子供二人。

『ハコニワノイエ』は、家庭があって、家族がいて……という物語を想像すると普通は出てきそうな「あたたかさ」や「笑顔」や「安心」がひたすらない。みんなで餃子を作ろうとするだけでこんな空気になる。

清子の過剰に几帳面で潔癖な性格は、とにかく子供と相性がよくない。いたたまれない! でもそんなこと言ってられないし、とはいえ性格は直らないし、それでも一緒に暮らしていくのは、家族ならではの物語だと思う。選べないことと選べることが交互にやって来るのだ。この餃子事件がどう決着するかはお楽しみに。とてもよかった。

1巻では、自分だけの小さな世界で完結させてきた清子が、他者を通して自分と向き合う様子がたびたび描かれる。「自分を知る」ってこういうことか、と思う。

それにしても清子が向き合うべきものはあまりにたくさんある。

人の気持ちがわからないと言われ続けてきた極端な性格の持ち主が、自分の持つ知識と良心に基づく行動を必死に選んで生きていく。それがベストなのかは清子にはわからないけれど、3人でちょっとずつ作っていくしかないし、そこにある温度が胸にしみる。

そして、4歳の心と14歳の心は、見えているものも感じているものも違う。

こうやってズバッと言っちゃうんだよなあ、もう。……でも、たとえベストじゃないとしても、私はこれを「人の気持ちがわからない」で切り捨てられない。悠斗の家族である清子にしかできないことだ。

(レビュアー:花森リド)

ハコニワノイエ(1)
著者:小森江莉
発売日:2023年5月
発行所:講談社
価格:726円(税込)
ISBN:9784065316870


※本記事は、講談社コミックプラスに2023年6月10日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。