「負け」を魅せる麻雀漫画
勝負事というのは、すべからく「勝つ」から楽しい。これ真理。
しかし物語においては、往々にして登場人物の「負け」が描かれる。
その理由はだいたい3つ
1)「負け」を経て、登場人物の精神的成長のステップにするため
2)「負け」ることで、「勝つ」より大きいリターンが得られるため
3)敗者の美学を描くため
しかし、ここに
4)業務のため
という理由で「負け」を描くストーリー漫画が爆誕した。
それも最もシビアな勝負事、賭博ジャンルの麻雀漫画である。
主人公は、新興ゼネコン「風海建設」の新入社員スズメ。設計部志望だった彼女が配属されたのは、厚生部麻雀MC課。MCとは……、

そう。この漫画の要には、現実にはない“ある法律”が関わっている。
スズメが会社に入社する4年前、日本国に「健全な麻雀賭博に関する法律」通称“健雀法”が施行された。
これは超高齢化社会を背景に、麻雀賭博が認知症予防に効果があるとして制定されたもので、これを機に全国で麻雀教室が急増。風海建設もそうした教室を主催していて、学生時代にプロ雀士を目指していたスズメに講師をさせようと、白羽の矢が立った……という次第。しかし、このMC課には裏の業務があった。

「S」とはなにか?
実は風海建設、会社をあげて「真剣勝負」の賭け麻雀を行っている。MC課は、それを裏の業務とする部署なのだ。その真相を聞いたスズメは、「勝てば大金がうちに入るってことですか!」といきり立つのだが、同じ課の赤沢はこう返す。



真剣勝負の接待麻雀(頭文字に2つのS)!
とはいえ、しょせんは接待麻雀である。相手を気分よく勝たせて、お付き合いを円滑にさせればよい。でも一度はプロ雀士を目指したスズメにとって、わざと手を作らずに相手に牌を差し込んだり、和了(アガ)らせたりして強引に勝たせる接待麻雀は、業務とはいえ流儀に反する。



本作の圧倒的な面白さは、この「真剣勝負の接待麻雀」という矛盾した構造にある。赤沢の語る「真剣勝負に見える形で負ける」ためには、麻雀卓を囲むメンツ全員の待ち牌や捨て牌を完璧に読み切り、常に勝つために「ギリギリ“あり”な打牌」を演出しながら、ロン牌を振り込まなければならない。しかも、負けの総額(裏金や賄賂)をあらかじめ設定された金額内に収めるという縛り付き。それはつまり、麻雀という「多分に“ツキ”という運が絡む勝負」を完璧に支配することにほかならない。運をも支配する……、それはもはや神の領域!
ラッキーがピンチになる逆転状況
『接待麻雀課』は、作家・新川帆立の法律を題材にした短編集『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』に収録された「接待麻雀士」を原案としている。ちなみに著者は東大法学部を卒業し、司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会プロテストに首席で合格してプロ雀士として活動。弁護士になって、作家デビューも果たし、著作の『元彼の遺言状』『競争の番人』がフジテレビでドラマ化されるという、国士無双の人生を歩む人気作家である。「接待麻雀課」が原案としているのは、「健全な麻雀賭博に関する法律」が施行された「賭け麻雀、合法です!」という世界線の部分で、物語自体はオリジナル。麻雀漫画で真正面から接待麻雀を描くというアイデアも秀逸だけど、“スゴ腕の接待麻雀士は、麻雀卓を支配する者である”という捉え方は、もはやコペルニクス的転回。さらにもうひとつ。麻雀漫画というのは、どうしても情報量が多くなるもの。しかも「ギリギリ“あり”な打牌」を読者に納得させないといけないとなると、至難の業に違いない。その点において『接待麻雀課』は、実にわかりやすくテンポがいい。麻雀上級者はもちろんのこと、麻雀初心者でも十分に楽しめる(というか、タメになる)。
話を戻そう。「麻雀卓を支配する」といっても、イレギュラーな自体は起こる。
工事受注の最低入札価格を得るため、初めて接待麻雀のメンツに加わったスズメ。そこで彼女は、いきなり天和*を和了ってしまうのだ。申告しないと真剣勝負ではないと、シン・麻取に摘発される。でも勝ってしまうと接待麻雀は失敗する。普通なら「おかしくって死にそうだ」と『麻雀放浪記』の出目徳のマネを繰り出す和了だが、この接待麻雀では大ピンチである。そこから、いかに自然に点棒を吐き出すか? しびれる展開となる。
*天和とは役のひとつで、親の配牌時点で既に和了っている状態。役満。成立する確率は、およそ33万分の1。
そしてエピソード2では、“接待麻雀つぶし”が描かれる。再開発プロジェクトに食い込もうと、接待麻雀を仕掛ける反社会組織。MC課はその接待麻雀を潰しに駆り出されるのだが……、それはつまり「負けるつもりで打っている反社のお兄さんを、勝たせなきゃいけない」という複雑なミッション。MC課の赤沢は、麻雀が下手なふりをしてドンドン和了牌を振り込んで追い詰めていくのだが、反社のお兄さんはイカサマを仕掛け、和了牌をツモらせてくる! さて……。
『接待麻雀課』は、「健全な麻雀賭博に関する法律」という法律のもとで、完璧な談合や収賄を完遂するノワールものともいえる。またエピソード2ではスパイ・ミッション風味を加えるなど、設定の中で自在に遊びを効かせて展開を広げている。ともすれば一本調子で、ハードな設定がインフレを起こしがちな麻雀漫画において、新たな潮流を生み出す意欲に満ちた一作をぜひ、読んでみてほしい。特に麻雀好きは!
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(レビュアー:嶋津善之)
- 接待麻雀課 1
- 著者:奥山響介 後藤悠太 新川帆立
- 発売日:2025年10月
- 発行所:講談社
- 価格:792円(税込)
- ISBNコード:9784065409862
※本記事は、講談社|今日のおすすめ(コミック)に2025年11月28日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。

