中山夏美
山形市出身在住。2020年に東京からUターン。山と芸能を得意とするライター。小学1年生のときに『りぼん』(集英社)に出会い、漫画にハマる。10代は少女漫画ばかり読んでいたため、人生で大事なことの大半は矢沢あい先生といくえみ綾先生に教えてもらった。現在は少年、青年、女性、BLまで、ジャンル問わず読んでいる。電子書籍では買わず、すべてコミックで買う派。
アウトドアとエンタメを得意とするライター中山です。青年誌や少年誌を読むようになったのは大人になってから。10代の頃は、ほとんど読んだことがありませんでした(ドラゴンボールとかは読んだことあったけど)。今は、青年誌で女性が主役の恋愛ものがあったり、社会派な作品も多いので、いつの間にか少女漫画よりも青年誌を読むことが増えたように思います。とくに青年誌で活動する女性作家の作品が好きです。以前より描いている作家さんも増えましたよね!
ということで第5回は、青年コミック誌のひとつ『週刊ヤングジャンプ』で連載中の『九龍ジェネリックロマンス』(集英社)を紹介します。
『九龍ジェネリックロマンス』 眉月じゅん
あらすじ
舞台は東洋の魔窟「九龍城砦(くーろんじょうさい)」。ノスタルジー溢れる人々が暮らし、その雑多な街には、過去、現在、未来のどれも存在する不思議な場所だ。主人公の鯨井令子は、その九龍城砦の物件を紹介する不動産屋勤務。同じ職場に務める先輩の工藤発が“気になる人”ではあるが、とくに何も進展はしないままのんびりと暮らしていた。ところがある日、工藤の婚約者が自分とそっくりであること、さらに彼女はすでに死んでいることを知る。同じ部屋に住み、同じ食べ物や服を好み、まるで彼女をコピーしたかのような自分という存在は、何者なのか。その複雑な状況に令子が苦悩すると同時に街にもいくつか異変が。九龍城砦に隠された謎とは? 鯨井令子は果たして何者なのか? その真実を追うミステリー作品だ。
キャラを深堀りする描き方がおもしろい!
『九龍ジェネリックロマンス』は、2019年から『週刊ヤングジャンプ』で隔週連載されています。現在8巻までコミックが発売中です。作家の眉月じゅん先生といえば、前作の『恋は雨上がりのように』(小学館)を知っている方も多いのではないでしょうか。ファミレスで働く女子高生が遥か年上の店長に恋をする話で、小松菜奈さんと大泉洋さんで映画化もされましたよね。
前作もそれぞれの葛藤やキャラのエピソードが深く、一気に眉月先生が好きになりました。次回作も絶対読もうと思っていたところ始まったのが『九龍ジェネリックロマンス』です。
舞台が九龍城砦、しかもSFミステリーということで前作とはまったく違うテーマ。構想自体は前作のときからすでに立てていて、満を持しての連載だったそうです。それでは早速、魅力に迫っていきたいと思います。
〈魅力1〉九龍城砦で起こる謎の真相を知りたくなる!
私はこの作品を前情報なしで読み始めました。なので1巻で工藤の元婚約者が鯨井令子とそっくりである、と展開されても「へ~」ぐらいの反応だったんです。しかし! 2巻から徐々に明かされるいくつかの謎たち。それを読んだら、もう目が離せなくなりました。
まず、元婚約者は鯨井令子に見た目がそっくりなだけでなく、職場も同じで住んでいる部屋も同じ、さらには好きなものも似ています。「もしや、この人は私なの…?」と令子も考えますが、令子は過去を一切思い出せないことにも気づいてしまうのです。
そこから巻を追うごとに少しずつ九龍城砦にいくつか不可思議な点があることが見えてきます。九龍城砦に住まない人にとって、そこは廃墟であること、むしろもう“ないもの”とされていること。九龍城砦から出られない人がいる、さらに外に出ると中のことが思い出せなくなること。それ以外にも伏線が張り巡らされています。外の人からは都市伝説とすら言われている存在の九龍城砦とは、何なのか? 全員が幻なのか? 別次元があるということなのか? 工藤はすべてを知っていながら、令子と働いているのか?
謎が明らかになると同時に、他の謎が生まれて、まったく真相が見えない! 現在8巻まで読んでいますが、さっぱり先が読めません! 続きが気になって仕方がない。それはもう魅力のひとつと言ってもいいのではないでしょうか。
〈魅力2〉大人の純愛を体感できる
32歳の令子と34歳の工藤。このふたりの恋模様は、なんとも絶妙なラブロマンス。元婚約者にそっくりな令子なので、工藤も戸惑いを隠せません。元婚約者と同じ部屋に住む令子の家で、かつて彼女が愛用していたものを探してみたり、同じインテリアの中に令子が新しく置いたものに胸が詰まったり。今の令子が好きなのか、元婚約者に似ているから気になるのか。きっと工藤もまだハッキリしていないのだろうと思います。「愛した人間と同じ容姿、声、体温を持ち、生前と変わらず自分に好意をよせてくる。なのにかつて愛し合った思い出はないという」とは、作品内に出てくるセリフ。工藤の切ない状況がわかります。
令子は工藤が好きだと確信しながらも、やはり元婚約者の存在、そして過去が思い出せない自分の存在が不確かであることから、一歩を踏み出すことができません。
お互いがお互いを思っているのに、踏み出すには解決しなければいけない問題が山積み。「謎」以外にも職場の同僚というのも大人の恋ならではの躊躇する要因だったりしますよね。そのため、どうしてもふたりの距離は“寸止め”になっています。
眉月先生は、そんな“踏み込めない一歩”の描写がうまいです。触れられる距離にいるのに、あえて触れない。そのときの切ない表情やこみ上げる気持ちを押し殺した姿。付かず離れずのふたりにもどかしい気持ちになります…! 最後、ふたりは恋人同士になるのでしょうか。なってほしい!
読みながら考察するのも楽しい
『九龍ジェネリックロマンス』で調べると、いくつか考察ブログが上がっているのを発見しました。物語に散りばめられた謎や伏線から、みなさんいろいろと考察しているようですね! 先が読めない展開だからこそ、予想するのは楽しいですよね。でもきっと眉月先生は、そのどれも裏切る結末を準備しているのではないかとも思います。
※本記事は「八文字屋ONLINE」に2023年5月14日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。