出会いと別れ、戦い、恋、陰謀などを経験して成長する姿を描く戦国ロマン
架空の藩・神山藩を舞台にした武家もので注目を集める砂原浩太朗の新作は、久々の戦国ものである。
豊臣秀吉の養子になった秀次は、秀吉に実子の秀頼が生まれた後に切腹し妻妾子女は斬首されたが、旅芸人が密かに秀次の子を出産していた。その子は木村重成に預けられ、秀次の前名・三好孫七郎を名乗る。
18になった孫七郎は、全国に散らばる牢人たちを大坂方の味方にする密使になり、従者の源蔵と諸国をまわる。若者が旅を通して成長する展開は、吉川英治『宮本武蔵』を思わせる。ただ吉川の武蔵が、一心不乱に剣を極めるのに対し、孫七郎は父を切腹させた豊臣家に複雑な感情を抱き、目標も判然としていない。徳川の世が続くのか、豊臣家が逆転するのか分からない混迷の時代を迷い苦しみながら歩んでいく孫七郎の姿は、現代社会が同じように先行きが見通せないだけに、ストイックな武蔵より共感できるのではないか。
孫七郎は、後に大坂の陣で活躍する名将たちを訪ねる。史実を踏まえながら有名な武将の意外な一面を浮かび上がらせ、秀次が死に追いやられた理由、真田信繁が幸村の通称で呼ばれるようになった理由といった諸説ある歴史の謎に、独自の解釈を与えた著者の手腕は、歴史小説に詳しい読者ほど驚きが大きいはずだ。
孫七郎の旅の中には、幸村が豊臣に味方するのを断ったのはなぜか、孫七郎を執拗に追い何かを奪おうとしている梟は何者で、その目的はといったミステリ的な謎も置かれている。これに孫七郎の恋の行方もからむだけに、ページをめくる手が止まらないだろう。
孫七郎は、関ヶ原で敗けた長宗我部盛親、毛利勝永、弾圧されている切支丹の明石掃部、関ヶ原で勝ったが牢人した後藤又兵衛らを訪ねる。その過程で何度も敵と戦い、時流に乗れなかったが絶望していない牢人たちから学び、自分の出自にも向き合った孫七郎がたどり着いた境地は、親ガチャにハズレても、生まれた時代が悪くても人生を投げ出す理由にはならず、諦めなければ結果がついてくると気付かせてくれるのである。
- 烈風を斬れ
- 著者:砂原浩太朗
- 発売日:2025年06月
- 発行所:双葉社
- 価格:1,980円(税込)
- ISBNコード:9784575248241
双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて『烈風を斬れ』の試し読みと、著者・砂原浩太朗さんのインタビューが公開されています。
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『小説推理』(双葉社)2025年8月号「BOOK REVIEW 双葉社 注目の新刊」より転載