美食はどこにある?
『わたしはツマミをあきらめない!』は、ちょっとユニークで心地よいグルメマンガだ。美食の道を切り拓くのに最も重要なのものは財力にあらず。そんな基本を思い出して、背筋が伸びた。
大学生を描いたマンガとしても楽しい。時間はあるがお金はとことんない。でもお酒を飲むのが好きでしょうがないから、知恵を絞る。そんな健気で荒々しい大学生の生態がよくわかる。
たとえば第5話「秘伝の塩むすび」は、若さと元気と乱暴とおいしいが炸裂する神回だ。
主人公の“五十鈴”は、同じアパートに暮らす同級生の“日向さん”とともに夜な夜な酒盛りをしている。この日のツマミは「塩むすび」だ。そう、「〆めの一品」じゃなく、ツマミ。
「背徳感もツマミの一部」との暴論で塩むすびを頬張り、お酒をがぶがぶ飲む。これが悪くない。むしろとてつもなくおいしい。パクパク止まらない。
よりによってこんな夜更けにスイッチが入っちゃう。こうなったらもう止まらない。
部屋にあるものをツマミとして総動員。そんなにバクバク食べて飲んで明日の講義はどうなるの? 自主休講?
アルコールと糖質でひたひたになった脳で「ピリオドの向こう側」を熱く語る彼女たちの知性がまぶしい。2人はカモメ大学に通う2年生。
そもそも「なんで夜中に塩むすびがたくさん登場するんだ」という時点でおもしろいのだ。キャンパスライフ特有のむちゃくちゃ感が伝わってくる。そして塩むすびのレシピもとてもいい。思わず夜中に作ってしまった。
お金がない! そして海鮮のツマミが絶対食べたい!
五十鈴と日向さんの酒盛りはいつもなし崩し的に始まる。
度数高めの立派なハイボール缶はちゃんとスタンバイ。でも海鮮のツマミは作れなさそう。お金もないし。ちなみにこれは朝のやりとり。一日の始まりにお酒とツマミの心配をしているのだ。最高じゃないか。
お金はないが、時間はたくさんある。そしてスマホもあるし、カモメ大学の周囲は自然が豊か。となると、やることはひとつ。
潮干狩り場でツマミの食材調達! この日の獲物はマテガイ。このハンティングシーンがこれまたとても楽しい。
ありとあらゆる知恵を絞ってマテガイを誘い出し……、
優しくつかんで引っこ抜く。あードキドキする。五十鈴の隣にしゃがんで見学しているつもりで読んだ。
この場面もとても好きだ。決して獲りすぎず、小っちゃいのはちゃんと海に返す。礼儀正しいハンターだね。
潮干狩りで汗だくクタクタ。アパートに戻ってきたら即つめたいハイボールを飲みたいけど、まだまだガマン。
ツマミを丁寧に仕込んでいく。
調味料のシンプルさも実に大学生らしい。スマホでレシピを調べながら二人で協力して料理。やがて完成したのがこちら!
最高。お金がなくても約12時間後には海鮮ツマミがテーブルに並んでいる! しかもね、ちゃんとグラスに氷をたくさん入れてハイボールを注いで飲むんですよ、この2人。細部に宿った愛が尊い。
そして五十鈴の食レポも必見だ。
マテガイの旨味と食感のすばらしさが伝わってくる。
ちなみに、こうしたワイルドなエピソードの後には、作者の小原ヨシツグ先生によるユニークなコラムが必ず添えられている。マテガイに関するコラムを読んで、軽率に「じゃあ私もマテガイ捕りに行っちゃうかー!」と考えた自分をグッと抑えることができた。二枚貝には貝毒のリスクがあるので、注意が必要なのだ。下調べが大事! 小っちゃいマテガイはちゃんと逃がす描写といい、補足のコラムといい、地に足のついた良い作品だと思う。
グルメマンガは、すごくお気に入りの作品は特に繰り返し読んでしまう。それこそモグモグ味わうように好きなページをしつこくめくるのだが、
あっちもこっちも名言とシズルでいっぱい。どこを読んでも味が濃くておいしくて愉快なマンガだ。
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(レビュアー:花森リド)
わたしはツマミをあきらめない!(1)
著者:小鷹研理
発売日:2023年4月
発行所:講談社
価格:715円(税込)
ISBN:9784065312230
※本記事は、講談社コミックプラスに2023年5月11日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。