なにがなんでも伊達政宗に勝ってもらいたい
大河ドラマは史実をベースにしているので結末が決まっている。「あ、このペースで行くと今月中には死んじゃうなあ」とか思いながら観てしまう。勝ってもらいたい「推し」の武士がいたとしても、だいたい散っていくのだ。「そっちを選ぶと負けちゃうよ!」ってよっぽど教えたいけど今さら遅い。で、推し武士が天下を獲っていたら、今の日本はどうなっていたかなあなんて想像する。
『天駆け』は、なにがなんでも伊達政宗に天下獲りをさせたい男子高校生・“雁谷みかげ”の物語だ。大切な人を失って、頼れる大人もいなくて、日本も世界もどん底みたいな不景気。そんな現実に「うるせえ!」と強く蹴りを入れる方法が、戦国時代への転生だった。
みかげは、自分の人生を変えるために、伊達政宗に天下を獲らせ、日本史を塗り替えようとする。
現代からの強力な助っ人
転生もので毎回楽しみなのは、「転生した先に持ち込める“お土産”」だ。特殊なスキルだったり、知識だったり。みかげは戦国時代へ転生するくらいだから、さぞや日本史オタクなのかと思いきや……?
高校では世界史を選択していたので、日本史の知識は心もとない。
でも理系1位の秀才。突飛な夢(夢ではないのだけど)の中でも絶縁体や天候を把握している。状況を見定めて動くのが得意そうだ。
そして手からパリッと電気を出して雷と大雨を呼べる。
戦国時代の戦では天候も勝敗の要因になりそうだし、みかげの理系センスとも相性がよさそう。いいスキルの予感がする。
そんなみかげが転生した先で出会うのが伊達政宗。
彼はみかげを“天駆け”と呼ぶ。雷を呼び、金髪で、見慣れない服装のみかげは、政宗にとって龍の化身に見えるのだ。そして「“儂の”天駆けだな」ということは、他の武将にも天駆けなる者がついている。
羽柴秀吉に勝利をもたらす天駆け。この天駆けのお陰で秀吉は勝ちっぱなし。おそらく、みかげと同じようにチート的能力を持つ現代からの超強力な助っ人なのだろう。
そんな天からのスーパー助っ人・天駆けが自分のところにも遣わされたことを、政宗は喜んでいるのだが、みかげは彼の結末を知っている。
こんなに盛り上がってる人に向かってあっさりネタバレ(しかもかなり最悪なやつ)を言ってしまうみかげの心臓の太さも好きだが、「それは天命か? ならば変えるまで」と返す伊達政宗のかっこよさにしびれる。
だからみかげも、彼に懸けてみようと思うのだ。
天駆けがなぜ存在するのかはわからないけれど、こんな男と一緒に日本の歴史を塗り替えたら、自分の人生も変わるんじゃないか。そう思って伊達政宗と運命を共にすると決める。
勝つためには何をすればいいか
みかげは政宗の天駆けとなったものの、さあどうすれば歴史を変えられるだろう。
予定されている天下統一は5年後で、羽柴秀吉にも天駆けがいるとなると、展開はもっと早いかもしれない。みかげは手から電気を出せるけれど、それで都合よく勝てるとも思えないし、そのことはみかげが一番よく知っている。このマンガは、みかげの聡さがいろんな場面でさりげなく描かれる。
みかげは歴史の知識があやふやだし、令和の常識だって戦国時代では通じない。でも知性がある。やがて彼は伊達政宗が置かれている状況を把握する。
天下の前に足元の奥羽(東北地方)を制圧しないといけないし、伊達家の内部もゴタついている。
武器や兵士だけじゃ戦は勝てない。天下獲りは、力で押していけばどうとでもなるものではないことがよくわかる。こんなふうに伊達政宗はみかげに頻繁にレクチャーをしてくれる。これがまた面白いし、伊達政宗の人柄が伝わってくる。猛々しいが高いインテリジェンスの持ち主なのだ。みかげと名コンビになりそう。
令和から来た学ラン姿の少年が、「負け戦続き」と日本史で記録されている伊達政宗を勝たせる。ないないづくしだけど、知恵と電気と強い意志がある。見応えのある戦になりそうだ。
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(レビュアー:花森リド)
天駆け(1)
著者:空倉シキジ
発売日:2023年3月
発行所:講談社
価格:748円(税込)
ISBN:9784065308257
※本記事は、講談社コミックプラスに2023年5月3日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。