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【多崎礼さんの書店との出合い】17年間、答えを探し続ける「私にできること」

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書店にまつわる思い出やエピソードを綴っていただく連載「書店との出合い」。

今回は、人気シリーズのスピンオフ短篇集『夢の上 サウガ城の六騎将』が、2月7日(金)に発売された多崎礼さんです。

「夢の上」や「レーエンデ国物語」など、ファンタジーのヒットシリーズで知られる多崎さんは、デビュー前、作家を目指しつつ書店員として働いていたそうです。そんな多崎さんが長年にわたって探し続けている、ある答えとは。思いあふれるエッセイを寄せていただきました。

多崎礼
たさき・れい。2月20日生まれ。2006年、『煌夜祭』で第2回C★NOVELS大賞を受賞しデビュー。そのほかの著書に『〈本の姫〉は謳う』(全4巻)、『夢の上』(全3巻)、『夢の上 サウガ城の六騎将』、『八百万の神に問う』(全4巻)、『叡智の図書館と十の謎』、『神殺しの救世主』、『血と霧』(刊行中)、『レーエンデ国物語』(刊行中)がある。

 

今の私にできること

「作家になる」と心に決めて広告代理店を辞めてから、いろいろなアルバイトをしてきました。ゲームセンター、古本屋、図書館などなど、どちらにもそこそこ長く勤めてきましたが、中でも一番長居をしたのは書店でした。

私が書店員として働き始めた頃、インターネットはまだ普及していませんでした。執筆に必要な資料を得るためには、本や雑誌にあたるほかありませんでした。私が勤めていた本屋はいわゆるマニア向けの本も多く取り扱っていて、毒とか武器とか大量破壊兵器とか、見るからに危険なタイトルの本が並んでいました。作家志望の私にとって、まさに宝の山でした。しかも同僚達が面白がって、私のために《危ない本》を取り置きしてくれるものですから、「このままでは給料が現品支給になる」という冗談が冗談でなくなるくらい、いっぱい本を買い漁りました。おかげで私の部屋にある3つの本棚のうちのひとつは、おおよそ人には見せられない怪しげな本で埋めつくされています。

気のいい仲間達に恵まれた、思い出深い書店員時代……ではありますが、当然ながら、楽しいことばかりではありませんでした。物販のレジ係というものはどうも安く見られがちで、書店のレジでも舌打ちをされたり、釣り銭を投げられたりするのは日常茶飯事でした。さらには難癖をつけることが目的のクレーマーや、漫画の新刊をゴッソリ盗む万引き犯などにも幾度となく遭遇しました。理不尽な理由で怒鳴られて、もう接客業は嫌だと思い、組み立て作業や箱詰め作業などの求人を探したことも一度や二度ではありません。

とはいえ、私が書店員を辞めることになったのは、今で言う「カスハラ」に嫌気が差したからではありません。念願の作家デビューをはたしたからでもありません。

勤めていた本屋が閉店してしまったからです。

その時にはもう多崎礼として本も出していましたので、閉店の知らせを聞かされてもそれほど慌てることはありませんでした。気の置けない同僚達と一緒に働けなくなるのは残念だけれど、もう嫌な客に悩まされなくていいのだと思うと、どこか晴れ晴れとした気持ちにもなりました。閉店作業中も、書架から取り出した本を淡々と箱詰めしていくだけで、感傷的な気分になることはありませんでした。

でも最後の最後になって、空っぽになった書架の写真を撮ろうとして、ふと喉が締めつけられるような感覚に陥りました。それは上手く息が出来なくなるほどの、途方もない喪失感でした。

書店員としての10年間、週休2日で本屋に通い続けてきました。仕事が終われば目的もなく店内を歩き回り、平積みされた本の表紙を眺め、興味を引かれた本を手に取ってあらすじを読む。それが私の日常でした。つまりは本に囲まれることに慣れすぎていて、私は忘れていたのです。

書店で過ごす幸福を。
自分がいかに本屋を愛していたのかを。

最近相次ぐ書店閉店のニュースを目にするたび、あの時の喪失感を思い出します。

本屋がなくなるということは、見知らぬ物語と運命の出会いをする場所がなくなるということ。本の匂い、本の重さ、本の手触りを楽しむ場所がなくなるということ。これは作家としても一介の本好きとしても看過出来ない大問題です。

ポチるだけで本が届く便利な世の中になりましたが、書架にぎっしりと本を並べた書店に変わるものなどありません。本屋さんを応援したい。本屋さんの力になりたい。良い作品を書くのは大前提として、サイン本を作ったりサイン会をしたりする以外にも、何かできることはないだろうか。愛する本屋さんのため、本を愛する人のため、私にできることは何か。17年前、最愛の本屋を失ってからずっと、その答えを探し続けています。

 

著者の最新刊

夢の上 サウガ城の六騎将

『夢の上 サウガ城の六騎将』
著者:多崎礼
発売日:2025年2月
発行所:中央公論新社
定価:2,090円(税込)
ISBNコード:9784120058837

太陽姫・アライスのもと、光神サマーアを打ち砕き、王国に太陽を取り戻したケナファ騎士団。革命前後の物語をアーディン以下六人の士隊長が語るスピンオフ短篇集。書き下ろし短篇収録。

(中央公論新社公式サイト『夢の上 サウガ城の六騎将』より)

 

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