いつの世も通用する「普遍的な人間力」の育て方
「親ガチャ」という言葉がある。親や環境に恵まれたか否かをガチャガチャに例えたものだ。「経済的な問題で進学することができなかった」などの環境にいる人が、自身を「ハズレ」と表現することも多い。では、学歴と経済力に恵まれ、子どもにも十分な学歴をつけてあげたいという親のもとに生まれれば、ガチャは「当たり」なのだろうか?
『高学歴親という病』は、医学博士・成田奈緒子氏が、高学歴の親の持つ子育てについての悩みに向けたアドバイスを記した1冊だ。高学歴で、しかも研究熱心。そんな親がなぜ子育てに迷うのか? 子どもの主体性が育たず、無気力になってしまうのはなぜなのか? 具体的な事例から「傾向と対策」を見つけ、高学歴親のための「育児メソッド」を提供する。
『高学歴親という病』というタイトルは刺激的だが、学歴の高い親を揶揄(やゆ)するものではなく、行き過ぎた学歴重視の風潮、またそれに陥ることで子育てに悩むことを指している。
さらに、一人っ子が増えている今の時代、子育ては人生でただ一度の「やり直しのきかないもの」になりつつある。高い学歴を得てキャリアを築くことで自然と晩婚傾向になるのも、その考えを後押しすることになる。成田氏は言う。
高学歴な親御さんほど、意外と孤独で視野が狭くなりがちなことは、本書の中でも指摘しています。だからこそ、「自分だけではわからないことがある」「世の中にはまだ自分の知らない子育ての知見がある」ことをまず、理解していただきたいのです。
経済力も知力もあるはずの高学歴親に、もっと伸び伸びと子育てをしてほしいという成田氏の気持ちが伝わる本だった。成田氏が掲げる子育ての根底にあるのは、「子を信頼する」ことの大切さ。親の心配による先回りをしなくとも、時代や環境に関わらず、世に通用する人になる「普遍的な人間力」の育て方を教えてくれる。
心配を信頼に変えていこう
本書にくりかえし出てくるフレーズがある。「子育ては心配を信頼に変える旅」だ。ちゃんと息をしているだろうか、触ったら壊れてしまわないか……。生まれたての赤ちゃんは、親の目にはとにかく心配な存在、心配100%として映る。それが、成長するにつれ、意思表示ができ、話せるようになり、一人での着替えやトイレ、ちょっとしたお手伝いもできるようになる。
そんな姿を見せられるたびに、親である私のほうは、この子はこれができるんだ、任せられるんだという「信頼」が増えていく。この時点で15%くらいの信頼が生まれます。そのぶん心配は85%程度に減ります。それが私の見立てです。
「ああ、信頼が増えるって、自分の不安が減ることなんだ」
それは確信に近いものでした。
子への思いを100としたときの「心配」と「信頼」は次のようなグラフで表せる。
「信頼」が50%に達するのは10歳ごろだ。本来ならこの時期の子どもとの間に、親はある程度の信頼を見出すことができるはずだ。しかし成田氏のもとを訪れる親たちは「子どもに自宅の鍵を持たせてかぎっ子にする」「お小遣い制を敷き、子どもに自分のお金を管理させる」といったことをさせられない。不審者に会ったらどうしよう。鍵をなくしたらどうしよう。お小遣いを一度に使い切ってしまったらどうしよう……。こんな心配の感情で子育てをしてしまいがちだという。
高い見通し力を持つ高学歴親の皆さんは、自分の力で子どもの失敗リスクを回避させることに一所懸命。心配ばかりで子どもを信頼できません。子育てを見つめなおす余裕も、その機会もないため、信頼関係を築くという発想がありませんでした。
その理由は本書の中では「完璧主義」「虚栄心」「孤独」とされ、親が良かれと思ってしたことで、子どもだけでなく親までもが苦しむ家庭の具体例が挙げられていく。成田氏の「親から信頼されなかったエピソード」も書かれているのだが、大人であり、他人の私が読んでも「なんでそんなことを……」と胸が苦しくなるような出来事だ。しかし、成田氏は言う。
この経験から始まり数多くの失敗を重ねてきた私は、これら多くの失敗こそが自分を育ててくれたと感じています。ただし、私と同じ経験を、自分の娘や私が関わっている子どもたちにしてほしいとは少しも思いません。
子どもの可能性の引き出し方
「失敗が自分を育てた」という成田氏に対し、「子に失敗をさせたくない」という高学歴親たち。「子の幸せのため」「子が将来困らないため」、未就学児に九九やサイン・コサインを教えるなど、早期教育に精を出す高学歴親は非常に多いという。
一見真逆の考え方に見える高学歴親と成田氏の間で、一致している意見がある。それは「子どもは可能性のかたまりだ」ということ。
ただし、方法論が違います。わかりやすく言うと、そういう親御さんたちは「脳を育てる順番」を完全に間違えています。この「順番」を間違わなければ、子どもの可能性を引き出せるはずなのに。
人が生きる機能の大部分を担う「脳」。成田氏によると子育ては「脳育て」と表現してもいいほどだという。
脳の発達は、本書において「からだの脳」「おりこうさんの脳」「こころの脳」の時代に分けられる。生まれた時から、脳の発育の段階を押さえているのに越したことはないが、本書では、問題行動のあった小学四年生の男児が「脳の育てなおし」に成功した例に触れることができる。この四章以降では、子どもの脳の発達に関する3つの時代において、親はそれぞれ何を目指せばよいかが具体的な行動に落とし込まれている。
その時々の子どもの発達において、何が大事なのか。目の前のわが子が一生幸せに暮らすための「軸」を何にするかを考えてみてください。
高学歴親の家庭で、子育ての軸と言えば「将来失敗させないこと」を念頭に置いた「勉強」だと思う。そこから「軸」を他へ移すのは、すぐには難しいかもしれない。しかし、心配することも時には必要だが、子どもが社会で人と助け合いながら生きていけるように自立させるのも親の役目ではないだろうか。そのための「あるべき軸」を、きっと本書の中に見ることができると思う。
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(レビュアー:中野亜希)
※本記事は、講談社BOOK倶楽部に2023年2月27日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。