みなさんは「ヨワラー」という言葉をご存知でしょうか。推しの「弱り」に興奮する性癖を持つ者のことを指す言葉で、どうやら本作が発祥とのことなのですが、そもそも「弱り」とは一体何なのか、気になるところ。
本作には、下ネタ描写があります。複数人による性行為などはありませんが、一人で行う性行為、すなわちオナニーを取り扱っておりまして、それを行うのは女子高校生。なんとも危険なワードの掛け合わせではあるのですが、どこか上品さを漂わせる不思議な作品になっています。
まずは主な登場人物から紹介しましょう。
中心となるのは、鷲巣組(わしずぐみ)直系若頭・切谷剛(きりたにごう)と、組長の娘・お嬢こと鷲巣理世(わしずりよ)。このコマにある「一人で遊んでやがるんだが…」のセリフからも匂わせていますが、このお嬢がやるんです、オナニーを。
物語は、切谷が組長から、学校以外は引きこもりだというお嬢をなんとかしろ、という命令を受けるところから始まります。切谷はさっそくお嬢を監視するのですが、彼女がオナニーしている場面を目撃。さらに、その“オカズ”に衝撃を受けます。
序盤から「シコる」「オナニー」「オナネタ」など下ネタワード連発なんですが、話の展開がポップで、かつテンポの良さとも相まって、下ネタなのに軽やかに響いてくるのが本作の特徴です。
自らのオナニーを見られてしまいショックを受けるお嬢に、切谷は指詰め、切腹も辞さずというヤクザならではの意思表示。しかし、包帯が巻かれた切谷の腹を見るや、お嬢の態度は一変します。舌なめずりしながら不気味な笑顔を浮かべ、とても嬉しそう。その姿に、痛めつけられる覚悟をする切谷でしたが……。
なぜか看病してもらっています。その真意をはかりかねた切谷は、「痛めつけたいならひと思いにやりやがれ!」と啖呵を切るのですが、それは「人として最低」だと答えるお嬢。そしてついに、お嬢の性癖が彼女の口から明かされるのです。
これが本作、そしてお嬢が提唱する「ヨワラー」の定義! 性癖の多様性に驚くばかりですが、でもなんでしょう……ちょっとわからなくもない気がしてきました……。しかし切谷はその変態性を一刀両断。そんな事考えているヒマがあるなら外に出て男を作れ、と一喝します。
でも、お嬢にはお嬢の考えがありました。倫理に反した性癖と、父は暴力団組長というバックグラウンドを持つ彼女なりに考えての結論。
暴力団組長の娘と、「弱り」に興奮する性癖。あまりにも相性が良く、そして良すぎるがゆえに厄介な組み合わせ。お嬢のことが健気な少女にも見えてしまったのは、私だけでしょうか。
ヨワラーとして絶好のターゲットを見つけたお嬢は、切谷を徹底マーク。隙あらばその「弱り」を見つけて悶え、興奮するのですが、そんなお嬢に振り回され続ける切谷に、ある気づきが訪れます。
うっかりハートウォーミング。
冒頭で「上品」とも表現しましたが、本作はエロ、もっと具体的に言えば変態性のある性癖をフィーチャーしているものの、エロで読者を興奮させるタイプというよりも、それらを題材にお嬢と切谷の関係性や丁々発止のトークバトルで楽しませてくれる、思った以上に上質のラブコメだと力説したいです。
特にお嬢独自の性癖解説や、彼女に対する切谷の切れ味抜群なツッコミは、私にとって最高の笑いのオカズ。
「嘔吐はAメロ」というフレーズは、本作によってこの地上に初めてもたらされたのではないでしょうか。
1巻後半からは、暴力団組員たちや同じ性癖を持つヨワラー仲間たちが続々登場。お嬢と切谷の軸はそのままに、よりこの世界が広く、そして深く描かれていきます。
「ヤクザ×女の子」のフォーマットに「弱り」という性癖をぶち込むことで起こる化学反応は、本来の基本軸である恋愛要素に加えて、予想を超えた思いもよらない笑い、それからヨワラーへの理解(ともしかしたら少しの共感)をもたらしてくれることでしょう。
お嬢と切谷の関係がどう転がっていくのか。今後のストーリーの展開と、そしてお嬢によるユニークなヨワラー理論が楽しみでなりません。
*
(レビュアー:ほしのん)
- 傷口と包帯 1
- 著者:七井海星
- 発売日:2024年11月
- 発行所:講談社
- 価格:759円(税込)
- ISBNコード:9784065376928
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年11月29日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。