あの男をピギャらせたい
1秒でも長く、推しの視界に入りたい。話していたい……。そんな想いはファンだけのものではない。
アイドルが、ファンに恋することもある。
アイドルグループ“R’s”のメンバー・リリカが、熱い恋心を込めて神対応を繰り出す相手はファンの“鈴木”。
なのに、ちょっと様子がおかしい。何が? リリカに対する鈴木の態度が!
推しの神対応を棒に振る、驚くばかりの塩対応である。
リリカの上目遣いにも動じず、ハガシ(アイドルからファンを引きはがし握手会の順番を進めるスタッフ)もいないのに、自分からサッサとはがれていく。名残惜しく鈴木を見送るのは、いつもリリカの方だ。
リリカと鈴木は、「推し」と「ファン」の関係を超えて、密かに禁断の愛を育んでいる……ワケではない。この漫画のタイトルそのままに「ファンにガチ恋するアイドルと、アイドルに塩対応なファン。」な2人である。
恋は、時に人をキモくする。そこに障害があればなおさらだ。
つれない鈴木への恋心に悶えるリリカが思わず詠むのはこんなキショ川柳。
つき合いたい
毎日会いたい
娶(めと)られたい
ああ、叶わないなら、せめてファンサで鈴木をピギャらせたい。
リリカの夢は叶うのか?
私、あなたの推しなんですけど?
握手会には毎回来るが、「もう行きます」「手 離してください」と鈴木は足早に去っていく。
さすがに塩対応がすぎないだろうか。おもしれー男というか、脈ナシなのでは……?
しかし、鈴木がこうも「すぐいなくなる」理由の1つを知ると話はちょっと変わってくる。
この理由、完全に彼氏目線のそれ。
ガツガツしたところがなく、よく見ると顔も整っている……。そんな自分の魅力を知ってか知らずか、たまにこういう面を出してくる鈴木がなんともたまらない。
のちに、鈴木がすぐ姿を消す理由がもうひとつ明かされるが、それも鈴木のリリカに対する強火ぶりを裏付けるもので、「まさか本当に毎回?」と声が出てしまう。
間違いなく鈴木はリリカを推している。ただちょっと「推し」への思想が強く、アウトプットがしょっぱい態度になっちゃうだけなのだ。
たとえ相手が推しだとしても、そんな鈴木のガードはとても堅い。
電車の隣の席に推しが座っていてもおかまいなしの鈴木と、気づかれたくて必死のリリカ。もう、どっちがファンかわからない。
緊張のあまり寝過ごし、終電を逃したリリカに鈴木はこう命ずる。
「金銭のやり取りはパフォーマンスへの対価」。そういうところは厳しいのに「面白いこと」の判定は甘いところに、鈴木の好意がちょっとだけ感じ取れる……気がする。
しかしお互いに好意があって(あるはず)、プライベートでのこの流れ、どう見ても仲を深めるチャンスだというのに、2人になろうともせず、リリカの決死の「連絡先教えて」アピールにもなびかない鈴木である。だって……。
アイドルを推す気持ちと、恋愛感情は必ずしも同じじゃないのはわかる。
でも「勘違い」ってことは、鈴木だって少しはリリカに恋をしていてもいいはずだよね? 鈴木ったら、少しくらい勘違いしてくれてもいいんだよ! そしてどうか、リリカに対するガードを緩めてみてほしい!
私一筋だよね?
自分を推してくれているはずのファンを振り向かせるために血眼……。そんな異常事態にも今や慣れっこのリリカである。
相変わらずの塩対応だし、リリカの本アカウントはブロックされているけど、別アカで潜りこんだSNSを見れば、鈴木がいかに真剣にリリカを推してくれているのかがわかる。
そうは言ってもあまりにつれない鈴木に対し「私が最推しって言ったのはウソだったんだ!」と、リリカは泣いて訴える。「いいぞ……本当に片思いだったらこんなこと言えないよ」と思ったのもつかの間、その「最推し」の立場も揺らいでいるようだ。
ねえ、なに? 「1.5筋」って!!! でも、限定グッズは買うんだね?
リリカだけでなく私まで、ずっと鈴木の手のひらで踊っているようだ。
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(レビュアー:中野亜希)
※本記事は、講談社コミックプラスに2024年9月4日に掲載されたものです。
※この記事の内容は掲載当時のものです。